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聖光寺の太子像

〜言い伝えとともに残る太子像〜

興国正平の昔、新田義貞公の四天王に篠塚伊賀守重広という武士がいた。遠く四国の世田城で敗れて越中五箇山へ落ちのびてきたのだが、その末孫に篠塚藤之進という武士がいた。応仁文明のころ五箇山にも骨肉の争いが続いていて、この篠塚藤之進も五箇山の角淵、平瀬、高桑氏等とともに、互いに敵味方に分かれて戦ったが、世の無情を悟り赤尾道宗の感化によって蓮如上人、実如上人の弟子となり、名を篠塚道珍と改め、阿弥陀如来の本尊と聖徳太子像を頂いた。その後、天正13年12月に大地震が起こり、山崩れのため太子像は庄川に流されたが、再び聖光寺に迎えられた。この太子像は、聖徳太子が太子自身の御姿を刻まれた3体のうちの1体といわれている。

住 所 富山県南砺市楮
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料 金
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バリアフリー
交通情報 城端駅 からバス50分
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