富山にゆかりのある人

自然豊か、人も豊か

富山県は、産業、経済、芸術、文化、学問などさまざまな分野で、
大きな業績を上げた人物を数多く輩出しています。

産業・経済

1908(明治41)年~1993(平成5)年
吉田忠雄
世界70の国と地域でファスナー及び建材の製造と販売をはじめとした事業を展開しているYKKグループの創始者。
一代で世界的なファスナーメーカーに育て上げ、アルミサッシにも進出。
海外生産にも積極的で、国際親善に尽くしました。
現在、グループの技術拠点である黒部事業所では、富山の自然に触れながら、YKKのものづくりの歴史や工場見学などができる「YKKツアーズ」が行われています。

1864(元治元)年~1929(昭和4)年
金岡又左衛門(初代)
県議会議長、衆議院議員として活躍する一方で、1899(明治32)年に、富山県で最初の水力発電所を創設し、電力県・富山の基礎を築きました。
金岡家は、江戸末期より続く薬種商。歴代当主は、薬種商時代の資本を元に、富山県の経済界に力強い足跡と多くの業績を残しています。現在、富山市の邸宅跡は「薬種商の館 金岡邸」として、売薬の資料とともに公開されています。

水野豊造
富山県のチューリップ育ての親。
砺波市出身の水野氏は、1918(大正7)年、県内で初めてチューリップ栽培を行い、地区内の人々にも広く栽培を働きかけました。
また、球根産地としてオリジナル品種を持つことの大切さも早くから認識し、1952(昭和27)年、国内で最初の3新品種「天女の舞」「王冠」「黄の司」を発表しました。

芸術・文化

1903(明治36)年~1975(昭和50)年
棟方志功
世界的な版画家。戦時疎開のため、1945(昭和20)年~1954(昭和29)年までの6年間、南砺市旧福光町で過ごしました。
志功の作品の中でも、この地の浄土真宗に大きく影響をうけた、「阿弥陀如来像」「蓮如上人の柵」「必至無上道」など、仏を題材にした作品はとくに有名です。
南砺市には、福光へ疎開するきっかけになった「光徳寺」、住宅をかまえた地「愛染苑」、志功が愛した桑山の麓にある「福光美術館」などがあり、アトリエの「鯉雨画斎」は住居跡全体から棟方志功を感じることができます。

学問

ブリ街道は「ノーベル街道」
昔、富山から飛騨・信州へブリを運んだ「ブリ街道」は、今、「ノーベル街道」として注目されています。
日本で、これまでノーベル賞を受賞した12人のうち、4人がこの国道41号の富山と高山の約90kmの間にゆかりのある方たちなのです。
「粘り強い富山県人気質が受賞につながった」と語った田中耕一さん(化学賞)は富山市出身。富山市旧大沢野町は利根川進さん(医学・生理学賞)が小・中学生のときに過ごした地。岐阜県に入ると、小柴昌俊さん(物理学賞)、白川英樹さん(化学賞)のゆかりの地があり、世界の頭脳がここで育まれているといっても過言ではありません。
ブリは出世魚ですが、この街道は、まさに現代の「出世街道」といえるかもしれません。

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