ロカルちゃ! 富山

マニアックに遊ぶディープな富山情報誌

常願寺川に沿って3,000mを降下する

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富山県の5大河川のひとつ、常願寺川。上流にあるのは全国でもまれに見る大崩壊地・立山カルデラです。また、氾濫を繰り返す「暴れ川」常願寺川をいかに治めるか、そしてどう利活用するか。
そこには土木構造物の技術の粋が結集されています。

北アルプスから富山湾へ
一気に流れ込む河川群

立山、剱岳、白馬岳などの3,000m級の高山が平野部を取り囲む富山県。特に県東部の一級河川、黒部川、常願寺川などは全国屈指の急勾配の河川であり、怒涛のごとく富山湾へと流れ込んでいます。

河川縦断概略図
河川縦断概略図

立山砂防【たてやまさぼう】

流域の安全を100年以上守り続ける
立山砂防工事

立山弥陀ヶ原の南に位置する立山カルデラ。カルデラとはポルトガル語で「大鍋」のこと。安政の大地震によって立山カルデラ内で大崩壊が起き、膨大な土砂が常願寺川に沿って富山平野に流れ、大災害となりました。常願寺川の上流域の立山カルデラでは、100年を越える大事業として、今なお、砂防工事が続けられています。

白岩砂防堰堤(しらいわさぼうえんてい)

国重

日本一の高さで災害を防ぐ!!

昭和14年、立山カルデラ出口につくられ、高さ63mの本堰堤と、7基の副堰堤を合わせた総落差108mは日本一です。「砂防の父」赤木正雄博士による計画。

地図富山市有峰真川割~
中新川郡立山町芦峅寺字水谷白岩

白岩砂防堰堤
白岩砂防堰堤

きっかけは安政の大地震による鳶山の崩壊。明治39年から大正14年までは県が砂防事業をやっとったがよ!
白岩砂防堰堤の銘板と管理橋
白岩砂防堰堤の銘板と管理橋

本宮堰堤(ほんぐうえんてい)

国有

日本最大の貯砂量を誇る堰堤!!

昭和12年完成の、貯砂量500万m3と我が国最大を誇る重力式粗石コンクリート堰堤で表面が間知石積の砂防ダム。堤長107m、堤高22mのビッグスケールです。

本宮堰堤

地図富山市本宮~中新川郡立山町芦峅寺

富山県立山カルデラ砂防博物館【とやまけんたてやまかるでらさぼうはくぶつかん】

立山カルデラと砂防を伝える

立山カルデラの自然や歴史、そこで行われてきた砂防事業について、展示や映像で紹介しています。また、立山カルデラを訪れる体験学習会を行い、白岩砂防堰堤や六九谷展望台等を訪ねます。そのほか常願寺川流域コースでは、常願寺川下流の大転石、合口用水等もあわせて訪ねます。

詳細は「立山カルデラ 体験学習会」で検索
体験学習会の参加には応募が必要です。
申し込み数が定員を超えた場合は抽選となります。
富山県立山カルデラ砂防博物館

[お問い合わせ]☎076-481-1160
立山カルデラ砂防博物館
地図中新川郡立山町芦峅寺字ブナ坂68

立山砂防トロッコ【たてやまさぼうとろっこ】珍

18段連続スイッチバックがある工事専用軌道

砂防施設建設の資材や人員輸送用の軌道で、18キロの区間に38段のスイッチバックが設けられています。また、一般の鉄道路線にはない610mmの線路幅も特徴。

[お問い合わせ]☎076-482-1111
国土交通省 北陸地方整備局 立山砂防事務所

地図中新川郡立山町千寿ヶ原~
中新川郡立山町水谷

立山砂防トロッコ
立山砂防トロッコ
▲ディーゼル機関車「薬師号」

スイッチバックってなに?

急斜面を登るには秘訣がございます。

険しい斜面を登坂・降坂するために、ある方向から反対方向へと鋭角的に曲折する鉄道軌道のこと。

スイッチバックのしくみ

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立山大橋【たてやまおおはし】

401mのビッグなコンクリートアーチ

雄大な立山連峰の眺望にふさわしい優美なコンクリートアーチ橋。アーチの中心部は、約96mを一括してリフトアップするメラン直吊り一括架設工法を日本で初めて採用しました。

アーチを支える基礎の施工は、トンネルと同じNATM工法ながいちゃ。
立山大橋

地図中新川郡立山町芦峅寺~富山市本宮

常願寺川沿岸用水 左岸連絡水路橋【じょうがんじがわえんがんようすい さがんれんらくすいろきょう】

常願寺川沿岸用水 左岸連絡水路橋

暴れ川、常願寺川を農業用水として利活用

富山県では昭和20年代に常願寺川からの取水口を合口化し農業用水として活かしています。その要となるのが、横江頭首工。ここから取水された水は「両岸分水工」で常願寺川右岸・左岸に分水されます。
特に左岸連絡水路橋はダブルデッキ式三連コンクリートアーチ構造となっており、そのデザインの素晴らしさは必見。その後、水は新庄排砂門を通り、さらに下流の田畑へも送られます。

水路橋のデザインがたまらんちゃ~。
各施設とかんがいエリア
各施設とかんがいエリア

地図中新川郡立山町岩峅寺


横江頭首工(よこえとうしゅこう)

横江頭首工

※頭首工…農業用水を取水するための堰(ダム)

地図中新川郡立山町横江

新庄排砂水門(しんじょうはいしゃすいもん)

新庄排砂水門

赤レンガ造りの通称「新庄の赤門」

地図富山市新庄町

常願寺川の巨大水制群【じょうがんじがわのきょだいすいせいぐん】

急流河川のパワーを食い止めろ

急流河川の勢いを弱める構造物。常願寺川ではピストル型や円筒型、シリンダー型などいろいろな形があり、その大きさは高さ約3mに及ぶ巨大なものです。

地図富山市上滝

常願寺川の巨大水制群

千垣橋梁【ちがききょうりょう】

千垣橋梁

常願寺川に架かる美しい土木遺産

鋼スパンドレルブレーストアーチで、昭和12年に建設。橋のアーチと立山線、周囲の自然風景が調和しています。

地図中新川郡立山町千垣

記念銘板
記念銘板

土木の歴史( 明治の治水)

明治16年~庄川改修工事

県内最初の国営工事でしたが、改修直後再び氾濫被害が発生。小矢部川との河口分離工事が開始されました。工事終了後は氾濫も激減、小矢部川の河口部には伏木港が整備されました。

明治24年~常願寺川大改修

明治24年に県下に大洪水が発生。オランダ人技師デ・レイケと高田雪太郎が常願寺川改修工事にあたりました。その折、高田雪太郎が常願寺川の激しい流れに「川ではない、滝だ」と表現したとか。改修のポイントは農業用水の合口化(常西合口用水)、霞堤の築進、河口付近の分流。明治26年に竣工、西欧の近代河川工学を採用した日本で最初の事業の1つです。

常願寺川改修の様子
▲常願寺川改修の様子(貴堂 厳 蔵)

明治34年~神通川馳越線工事

明治期に多くの水害を出した神通川。もともとの堤防を馳せ越す水を新しい水路に流し、水の力で新しい河道をつくる方法がとられました。

高田雪太郎技師
▲高田雪太郎技師



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