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- Vol.3 産業・ものづくり編 其の1
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高岡銅器の鋳造方法は、明治期まで手作業が基本でした。銅を溶かす高熱を起こすには木製の「たたら」を踏んで風を溶鉱炉へ送らなければならず、大変な重労働だったのです。これを一新したのが、燃料の燃焼熱で風力を得る西洋の最新式溶鉱炉でした。
レンガ積みの煙突を持つ近代的な姿は金屋町でも数多く見られましたが、今でも当時の面影が残っているのは旧南部鋳造所の遺構のみ。大正13年の建造でなんと平成12年まで稼働していました。燃料のコークスを横にあるキュポラから入れて燃焼が始まり、高さ約15mの煙突から煙が出る様はまさに鋳物の町の象徴で、国の登録有形文化財に登録され保存が決定しました。






