ロカルちゃ! 富山

マニアックに遊ぶディープな富山情報誌

歴史と風土を探求する 歴史遺産 社会(歴史)

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大境洞窟住居跡【おおざかいどうくつじゅうきょあと】

大正7年(1918)全国で初めて発掘調査が行われた洞窟遺跡です。洞窟内は、6つの地層が時代順に区別されており、縄文時代〜鎌倉・室町時代頃の遺物が見つかっています。



地図氷見市大境字駒首

北代遺跡【きただいいせき】

1,000年も続いた村の跡と言われています。全国でも珍しい土葺き屋根の竪穴住居と高床式建物が、広場に実物大復元されています。

地図富山市北代3871-1

縄文土器や縄文グッズづくり、火おこしなど古代体験をする事が出来ます。

[縄文土器づくり]
所要時間/20〜120分
初級コース/一般700円・小中学生500円
上級コース/1100円
縄文グッズ/一般300円・小中学生100円
[火おこし]
無料

休館日/月曜日及び祝日の翌日(ただし祝日の翌日が土曜日、日曜日の場合は開館)
年末年始(12/28〜1/4)


【お問い合わせ】
☎076-436-3664

地図富山市北代3871-1

縄文土器


不動堂遺跡【ふどうどういせき】

縄文時代中期の食糧貯蔵や加工用の穴、土器や石器、21棟の竪穴式住居が発見されました。特に、2号住居跡は集会所のような公共の建物と考えられ東西約17m、南北8mと日本最大級を誇っています。


【お問い合わせ】
☎ 0766-72-3400

地図朝日町不動堂5

ヒスイ海岸

縄文人も大好きなヒスイ

宮崎海岸(ヒスイ海岸)でとれる ヒスイは、硬玉(ヒスイ輝石)や軟玉(ネフライト)などがあります。軟玉の方が加工しやすく、管や勾玉に加工され、石器とともに全国へ広がって行きました。

定員20人(最少催行人員3人)
タラづくし料理+鑑定人ガイド込み 1人4000円
*3日前まで要予約

【お問い合わせ】
☎0765-83-2280(朝日町観光協会)


地図朝日町沼保969 朝日町商工会内



桜町遺跡【さくらまちいせき】

縄文時代後期の遺跡と考えられています。水分を含んだ粘土層の中で発見され、当時の様相を残したまま発掘されました。この遺跡により、建物の柱材加工技術が、定説より2,000年も古い縄文時代に存在していた事が証明されました。

縄文土器のパズル、火おこし、勾玉づくりなどが体験できます。また復元された高床建物や環状木柱列を見学する事が出来ます。

[勾玉づくり]200円
[火おこし]無料

【お問い合わせ】 ☎0766-67-5255



地図小矢部市桜町字中出1716-1

火おこし


縄文人も食べていた山菜

縄文人が山菜を食べていたことを実証する、コゴミが桜町遺跡から発掘されました。発掘当初は、きれいな緑色だったそう。







これは、な〜に?

桜町遺跡から出土したY字型の木材。どんな用途で、どのように使われていたのか未だにわかっていません。縄文時代に想いを馳せながら、使い方を考えてみよう!

山菜
これなーに?


勾玉づくり
富山県埋蔵文化センター内

▲富山県埋蔵文化センター内


「勾玉づくり」にチャレンジ!

勾玉づくりや火おこし体験、組紐づくりなど体験学習はとっても人気があります。
加工しやすい素材を使って、縄文人と同じ方法で行います。

[勾玉づくり]所要時間/80分 材料費100円
[火おこし体験]所要時間/60分 無料
[組紐づくり]所要時間/30分〜 無料
[弓矢・石斧体験]所要時間/60分 無料
*団体の場合は、事前に要予約
休館日/金曜(祝日のときは翌週の最初の平日)
    年末年始
【お問い合わせ・ご予約】
☎ 076-434-2814

地図富山市茶屋町206-3


柳田布尾山古墳【やないだぬのおやまこふん】

日本海側最大の前方後方墳です。墓の規模から、日本海の海上交通や周辺地域を掌握していた有力部族の首長のものと推定されています。


地図氷見市柳田字布尾山

木曾義仲と倶利伽羅合戦

小学社会6上 日本文教出版

寿永2年(1183)治承・寿永の乱で、木曾義仲軍と平維盛率いる平家軍が倶利伽羅峠で戦いました。数百頭の牛の角に松明をくくりつけて敵中に放つ攻撃を仕掛け、平家軍を壊滅させた話で知られます。

地図小矢部市倶利伽羅峠

埴生護国八幡宮

寿永2年(1183)倶利伽羅峠一帯に陣を敷く平家軍と決戦する際、木曾義仲が必勝を祈願した宮です。境内には、日本最大級の源義仲騎馬像が建立されています。

地図小矢部市埴生



巴御前

義仲とともに出陣し、鎧を身につけて馬上で戦った女武者。義仲と最期を迎えたいと懇願したが叶わず、後に越中国礪波郡福光(現・南砺市)で生涯を終えたと伝えられています。


源平火牛まつり(げんぺいかぎゅうまつり)

「火牛の計」にちなんで、わらで作った火牛を4人一組で引っ張る、迫力のあるイベントです。小矢部市にて7月下旬に開催。

義経と弁慶

如意の渡し

源義経・弁慶主従が奥州落ちの途中、乗船の際に怪しまれたため、弁慶が義経を扇で打ちのめす機転で無事対岸に渡ることが出来たという伝説が残る場所です。

地図高岡市伏木2丁目


義経岩

文治3年(1187)兄・頼朝に追われ奥州平泉に向かう途中、にわか雨にあい弁慶が岩を持ち上げ、雨宿りしたことに由来して、この辺りを雨晴と呼ぶようになりました。

地図高岡市太田雨晴海岸



義経の落胤(らくいん)

南砺市旧福光町高窪と旧井口村大野で、義経の寵愛を受けた女性が男児を出産したと言われ、その子孫が今もいるという言い伝えがあります。

弁慶伝説

力自慢の大男「弁慶」には、力に関する伝説が数多くあります。
●高岡市伏木・気多(けた)神社
社殿の床や柱に弁慶のものとされる足跡やこぶし跡が伝わっています。
●小矢部市矢波川沿
弁慶の足跡が残る、縦7.8m×幅5.6mの弁慶岩があります。
●朝日町にある脇子八幡宮
弁慶の足跡とされる石を参道の脇で見ることができます。
●滑川市高塚
弁慶が浜で網を曳いたところ、見事な大鯛がたくさん網にかかり漁師たちに感謝されたという「弁慶網」の話が伝わっています。



豊臣秀吉【とよとみひでよし】

太閤豊臣秀吉から御所車を加賀前田家初代当主・前田利家が拝領し、その後二代当主・前田利長が慶長14年(1609)に高岡城を築く際に高岡御車山が始まったと伝えられています。


「太閤山」(射水市黒川付近)地名の由来


天正13年(1585)豊臣秀吉が富山城の佐々成政を攻めた時に、布陣したのが起源と言われています。

直江兼続【なおえかねつぐ】

愛の兜で有名な兼続は、戦国時代の武将らしく主君上杉景勝に従い、何度も魚津で戦をしています。天正13年(1585)豊臣家と上杉家が同盟関係を結んだ「越水の会」で、兼続は石田三成と意気投合し盟友となりました。

富山に、御所と幕府があった!

北陸宮御所(ほくりくのみやごしょ)

源平合戦の時代に木曽義仲が、庇護していた後白河天皇の第三皇子以仁王の第一皇子「北陸宮」のために、越中国宮崎に御所を作らせました。



地図朝日町城山公園



放生津幕府(ほろじょうづばくふ)

明応2年(1493)4月、明応の変で知られるクーデターにより幽閉されていた室町幕府10代将軍「足利義尹(あしかがよしたね)」が、京都を脱出して越中国放生津で政権を整えたことから、放生津幕府と呼ばれました。


地図射水市新湊放生津



恒性皇子の御墓(こうしょうおうじのおはか)

元弘3年(1333)皇子の父、後醍醐天皇が倒幕の兵を挙げた際、出羽・越後の倒幕勢が皇子を担いで北陸道から京都へ進軍しようとしているという噂を聞きつけた得宗・北条高時の命により、幽閉されていた越中国射水郡二塚で、側近とともに殺害されました。

地図高岡市二塚


幕末の剣豪と富山県

斎藤弥九郎(氷見市出身)

弥九郎が開いた「練兵館」は、江戸三大道場に数えられ、門下生は桂小五郎・高杉晋作・品川弥二郎・伊藤博文など、幕末に活躍した人々でした。



山岡鉄舟

宇奈月にある農村文化伝承館山本家に、明治天皇御巡幸の先遣隊として訪れた時に書いたと伝わる襖書があります。

昔の素朴な農村生活を体験することが出来る貴重な宿泊施設です。

【お問い合わせ・ご予約】
☎0765-65-2038

地図黒部市宇奈月町明日670

農村文化伝承館山本家


全国に広がった米騒動

新しい社会歴史 東京書籍、日本の歩み小学生の社会6 日本文教出版

大正7年(1918)7月22日の夜、下新川郡魚津町の女性らが、魚津港に停泊中の船への米の荷積みを中止して、住民への販売を嘆願しました。これを新聞社が大きく取り上げた事がきっかけで、全国に米騒動が広がりました。


地図魚津市本町1-2-33

立山連峰の清らかな水と自然豊かな富山平野で育まれた県産米は、風味・味覚に優れ、全国的にも人気の高いお米です。今では、すぐに美味しいご飯が食べられるよう、無菌包装パックになっている商品も販売されています。

【お問い合わせ】
☎0765-76-0023(株式会社ウーケ)


地図下新川郡入善町下飯野232番地の5

北アルプスの天然水仕立て ふんわりごはん





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