地方出身者であるというアイデンティティに気づいて。富山の女子高生をリアルに描く小説家・山内マリコさん-1
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地方出身者であるというアイデンティティに気づいて。富山の女子高生をリアルに描く小説家・山内マリコさん

記事公開日:2024.12.25

富山県から広い世界へ旅立っていく若者たちに、いつでもふるさとが待っている――そんなメッセージを伝える「I’m Your Home.」プロジェクト。富山県出身で、さまざまな分野の第一線で活躍する先輩たちが、一歩踏み出そうとする若者たちへエールを送るインタビューです。

進路を決められない高校生の成長を描く『逃亡するガール』

富山県富山市出身の作家・山内マリコさん。デビュー作『ここは退屈迎えに来て』や、『アズミ・ハルコは行方不明』、『あのこは貴族』といった小説が映画化されていることもあり、ふだん読書をしない人でもタイトルを耳にしたことがあるかもしれない。

山内さんの最新作となる『逃亡するガール』は、「じゃあやっぱ大学受験する感じ? 県外に行くの?」と質問されても即答できない、進路や未来に対して具体的な展望を抱けない、富山に暮らす高校2年生の山岸美羽が主人公だ。

そんな美羽は、思いがけないかたちで出会った、知らない高校の制服を身にまとった浜野比奈と放課後を過ごすようになる。しかしふたりは行く先々で不条理に居場所を追われてしまう。そして共に時間を過ごすなかで、それぞれの実情が明らかになっていき……。

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    小説では主人公たちが一緒に過ごす場所として富山駅周辺も登場する。©(公社)とやま観光推進機構

これまでほぼ自分と同世代のキャラクターを主人公とした小説を書くことが多かった山内さん。なぜ『逃亡するガール』では高校生を主人公にしたのかと訊ねてみると「私のなかで、大学生や高校生を主人公にする流れがここ2年くらい来ていて」という答えが返ってきた。

「1980年生まれの自分の世代を描いた『一心同体だった』を完成させられたことで、同年代の人物を書くことはやり切った感じがあったんです。コロナ禍に書き始めた『マリリン・トールド・ミー』は大学生が主人公。すると、現役の大学生が本を手に取ってくれた実感がありました。

自分も若い頃は、自分と同じ年齢の主人公を求めていました。私の根幹にある、女性を尊重するフェミニズム的なものの見方や考え方を、小説をとおして若い人たちに手渡して、いい養分にしてもらえたらという気持ちもあって。高校生に読んでもらいたいなぁというモチベーションで書きました」

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また、2024年2月に同じ富山県出身である社会学者・東京大学名誉教授の上野千鶴子さんと、富山県民共生センターで対談を行ったことも山内さんとしては大きかったようだ。

「その対談をもとに1冊本にしましょうという話になり、中心になるテーマはおのずと、若年女性の都市部への流出傾向について、になりました。どういう本にしようか構想していたのと同時進行で、この『逃亡するガール』を書いていたこともあって、問題意識がかなり共通していますね。

もともと社会的な要素を小説のベースに盛り込むほうですが、『逃亡するガール』はもっとダイレクトに、いわゆる“消滅可能性自治体”の問題を反映したかたちで、主人公の美羽のキャラクターを造形しています」

美羽は、物語の冒頭では「勉強がんばって、成績を上げて、できるだけいい大学に行けたらいいなって、それだけ考えて生きていた。あたしに想像できる未来はそこまでだから」と語る、どこか宙ぶらりんな状態だ。一方、山内さん自身は大学進学をきっかけに県外へと出て、小説家になるという夢を叶えている。いったいどのようにして進路を決めたのだろう?

大阪、京都、東京。3つの都市を転々として見えてきたこと

富山市の中心地で生まれ育ったという山内さん。小学生の頃からまちに出て、書店が併設されたレンタルビデオ屋へと通ううち、次第にポップカルチャーやサブカルチャーへの興味が芽生えていったのだそう。

「何かに憧れる力が強くて、好きなものの世界に行きたいと考える、夢見がちなところがありました。映画を観て感動したら “映画監督になりたい”、小説を読んで感動したら“小説家になりたい”とすぐに思ってしまう。なにかをつくる側に行きたい、好きなことを仕事にしたいと思っていました。

でも、どうやってなれるものかはさっぱりわからない。高校2年生のとき、担任の先生に“行くなら芸大とか美大じゃない?”と言われて、初めて進路を意識するようになったんです。当時は富山県には芸術系の大学がなかったので、当然のように県外の学校を志望するようになりました。

当時、東京へ行くには特急で越後湯沢まで行って、上越新幹線に乗り換えて、4時間以上かかったんです。一方、関西へは特急サンダーバード1本で行けたので、心理的にはかなり近い。東京はちょっと怖いイメージもあり、関西のほうが性格的にも合うかなぁと思って、大阪の芸術大学に進学しました」

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卒業後は大阪から京都へと移住。ライターの仕事につくも迷いが生じてしまう。

「就職氷河期だったのと、芸大生の気質的に、いかに就職せず生きていくかが人生の課題で。京都でライターの仕事をするようになって、最初のうちは文章を書くことを仕事にできたと満足していましたが、やっぱりライターの仕事と作家の仕事って違うんですね。

だんだんフラストレーションが溜まってきて、“自分がやりたいのはこれじゃない、創作のほうなんだ!”と。退路を断ち切るかたちでライターの仕事を辞め、東京に行ったのが25歳のときでした」

夢と希望を抱いて上京されたのかと思いきや「まったく逆です」と、キッパリ否定する山内さん。

「たぶん私より前の時代は、上京ってイケてる人がすることだったんですよね。でも私の学生時代はイケてる人ほど地元に残っていた気がします。遊び友だちもいるし、家もあるし、車さえあればチェーン店中心の消費生活は楽だし、満たされている。となると、わざわざ県外に出る理由がない。

私は地元で輝けなかったから、後ろ髪ひかれることなく、大阪に行けました。大阪でもダメだったから、未練なく京都へ行って、最終的な逃げ道としてついに東京にたどり着いてしまったんです。もし東京でダメだったら、次はニューヨークに行くとか言い出していたでしょうね(笑)。

人間関係やまちの環境、仕事など、トータルで自分がのびのびできる居場所をあちこち探して、20代を過ごしました」

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そして上京から約1年半後の2008年に、短編『十六歳はセックスの齢』で第7回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。そして4年後の2012年、連作短編集『ここは退屈迎えに来て』で、念願の小説家デビューを果たした山内さん。

「東京に来て小説家になれて、やっとしっくりきたというか、ようやく自分に及第点を出せたような感覚でした」

また、大阪、京都、東京と移り住んできたことによって富山の見え方も変わってきた。その変化は、彼女の作風と切っても切れないつながりがあるという。

ふるさとを離れて暮らすことは、地方出身者のアドバンテージ

女性同士の連帯や親密な結びつきを示す「シスターフッド」や、地方都市が抱える社会的な問題も作品のなかで描く山内さん。この社会派な一面を描けるようになったのも、県外で過ごした日々が関係しているようだ。

「女性同士の友情をテーマにした小説を書きたい、というのは最初から明確だったんです。フェミニズムの本を読んでいくうちに、さらに地固めしていって、“女性であること”自体が自分にとって大きなテーマになりました。

小説家にとってデビュー作は名刺代わりになるもの。さらに自分を掘り下げるうちに、地方出身者であるというアイデンティティに突き当たりました。このことに気づいたのも、県外に出て、いろいろなまちに住んでみたからですね。

読書の幅を広げて、社会学などいろいろな本を読んで勉強するなかで、自分にとって当たり前の存在だった富山のまちについて、俯瞰して見るようになりました。

大阪、京都、東京という特色のあるいくつかのまちでの暮らしを経たことで、初めて自分の生まれ育ったまちを相対化できるようになり、地方都市としての富山というものが見えてきました」

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迷った期間があったからこそ、現在の作風を確立できた山内さん。そんな彼女に、これから進路を決めなければいけない若者たちへのアドバイスを求めると「やりたいこと、なりたいものは複数持っておいたほうがいい。多ければ多いほどいいんじゃないかと思います」。また、進学などで県外に出る体験もすすめたいという。

「もし自分が富山から出ずに生きていたら、都会に対してずっと恐れがあっただろうなと思います。富山以外の世界を、怖いと思いながら生きてしまう。それが高じるとどんどんテリトリーが狭くなってしまう。またそれをひどくコンプレックスにも感じて、内向きになっているだろうなぁと想像がつきます。

親元を離れて知らないまちにひとりで住むというのは、人生最大の冒険のひとつですよね。それって実は、東京の中心部に生まれた人たちにはできないドラマチックな体験。18歳で、たったひとりで航海に乗り出していくという人生の醍醐味を味わえるのは、地方出身者にとっては数少ないアドバンテージだと思います」

現在は東京を拠点に活動するが、今後はどこで暮らすか決めていないという山内さん。いまは富山と東京の距離感が気に入っているようだ。

「私が高校生だった頃と違って、いまだったら北陸新幹線で2時間ちょっとで帰れるから、遠い場所ではないんですよね。いまでもよく帰っているし、そんなに故郷と断絶している感じもない。“何かあったら、いつでも帰ります”みたいな、いい距離感でいられています」

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    『逃亡するガール』にも少し登場する富岩運河環水公園。©(公社)とやま観光推進機構

新しいまちで暮らし始めるのには勇気も必要だが、いつでも気軽に地元に帰れると考えれば、はじめの一歩もきっと軽やかになるはず。

それでも心のふんぎりがなかなかつかない人は、ぜひ『逃亡するガール』を読んでほしい。主人公がラストでする決断は、きっとあなたの背中を押してくれ、これから先に見る世界をぐんと広げてくれるはずだ。

Profile 山内マリコ-1

Profile 山内マリコ

1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』を刊行しデビュー。2024年11月に初めて富山を舞台に描いた『逃亡するガール』を上梓。その他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』『マリリン・トールド・ミー』など。

Information 逃亡するガール-1

Information 逃亡するガール

山内マリコ 著
2024年11月20日発売
U-NEXT 990円

Information I’m Your Home.

「I’m Your Home.」は、富山県から広い世界へ羽ばたく若者たちに、いつでも帰ってくることができるHomeとして旅立ちを応援するプロジェクトです。

credit text:林みき photo:ただ


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