- posted 2025.09.22
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- #富山市 #craft #lifestyle #とやまの居心地達人 #手仕事 #建築 #移住
ガラス作家 ピーター・アイビー。富山の暮らしから影響を受けた農村部の古民家とガラス器
記事公開日:2023.11.08
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日本に移住し「つくりたい」と「使いたい」が交差するガラス器を制作するように
富山駅から南西に車で約30分のとある農村部。ガラスアーティスト兼職人のピーター・アイビーさんは、築60年の古民家を5年以上かけて自ら改装し、家族とともに暮らしています。
アメリカのテキサス州オースティンで育ったピーターさんは、Rhode Island School of Designにて美術学士号を取得し、母校およびMassachusetts College of Artで教員を務めていました。その後、2002年に来日。5年間、愛知教育大学ガラス学科の教授として勤めたあと、当時の妻の転職に伴い退職し、2007年に帯同した先が富山でした。
「富山はガラスに関係している人なら誰でも知っている有名な場所で、私もアメリカに住んでいた頃から知っていました。だから富山への移住は、いい機会だと思ったんです」
富山で生活し始めるようになり、空いた時間で「自分が使いたいと思うガラス器」をつくり始めたピーターさん。華美な装飾はなく、生活に馴染むシンプルなフォルムでありながら、使いやすく、目に留まる凛とした美しさがあります。そんなピーターさんのいまにつながる作風は、日本へ移住し、その「暮らし」を経験したからこそ生まれたものです。
「アメリカではガラスは芸術作品であり、鑑賞物。私もアメリカにいた頃は色を使ったガラス製品をつくっていました。しかし、日本でガラスは道具として人が使うものですよね。器と食べもの、使う人、その3つが揃って初めて完成する。例えばジャーはそのままの状態より、ピーナッツやコーヒー豆を入れた方がおもしろい。『つくりたい』と『使いたい』のギャップを縮めていきたいと考えるようになったのは、日本で暮らすようになってからですね」
商品づくりではなく、生活用品をつくるために制作を始めたピーターさんのガラス器は、使うことで真価が発揮されます。例えば一見ミニマルなグラスも、底を尖ったツノ状のデザインにすることで使い手の意識に変容をもたらします。
「日本で生活するようになり『水を飲むなら、飲むことに集中できるシンプルなグラスを選びたい』と思うようになって。飲むときにツノが見えることで、スッと意識がそこに吸い込まれ、自分のスケールが変化するようなグラスをつくるようになりました」
使うことを意識したピーターさんのガラス器づくりは「スタッキングができる」「蓋があり保存ができる」など実用性に富んだ日本製品の影響も受けています。しかもそれは単なる製品としての「使い勝手」だけでなく、例えば「蓋がカチッと締まる体験としての心地良さ」という感触まで追求しているのです。
家の中に川が流れ、リビングが庭園とつながる古民家
ガラス制作への意欲が高まったピーターさんは、工房を併設できる倉庫つきの新居を探し始めました。いま住んでいる古民家は、当時富山市内で空いていた数少ない倉庫つきの物件でした。
「この素材が好き」「この光を生かしたい」という感覚を大切にしながら、ガラス器をつくっているピーターさんは、家づくりにもその感性を反映させています。
「この古民家の梁がきれいだと思って、生かそうと考えました。どうすれば梁をより美しく鑑賞できるかを考え、既存の屋根を取り払い、屋根を1段上げて窓をあらたにつけ、光をとり込みました」
ピーターさんは建築様式においてもまた、日本独特の文化に惹かれたそう。それは家の中と外をはっきり分けないという考え方です。
「リビングの隣にあるギャラリーは、屋内だけど屋外のようなオープンな雰囲気にしたくて。増築した天井部分にも窓をつくり自然光が入るようにして、床も木材ではなくタイルにしました。リビングはガラス戸によって、縁側もすだれの開閉によって、屋外と屋内それぞれの雰囲気に変えられるようにしています。外と中がつながっているような、日本の間(あわい)の考え方が好きですね」
外と中を分けないという考えを顕著に表しているのが家の中を流れる川です。近くを流れる用水路から水を引き、ギャラリーから玄関を通り、そして庭の池に流れ着く。もともと隣接する倉庫を工房としていたため、騒音を水の流れで打ち消す目的もあったといいます。
現在建設中の敷地入口から玄関へのアプローチも、間の考えが生きています。屋根をつくりつつも、閉鎖的にならないよう隣家との間に壁はつくらず、木の引き戸を目線の高さで設置して開閉できるよう計画中です。
すでにあるものを組み合わせて、新しいものをつくることのおもしろさ
古民家の中央にもともとあった仏間は、リビング&キッチンに改装しました。この地域は湿気が多くカビが生えやすいため、キッチンの戸棚の底は通気性のいい網にしたり、冷蔵庫は業務用のものを取り出しやすい高さに設置したり、シンクと作業場の高さを変えたり、ひとつひとつ自分たちの生活スタイルに即したつくりにDIYしたそうです。
「ゼロから家を建てることもできますが、すでにある古民家を活用して、必要なものを備えた家づくりをするのは、チャレンジングでおもしろい。私はそういう、すでにあるもののかけ合わせが好きなんですよね。富山は空き家がたくさんあって、壊してしまうのはもったいないですし」
細部まで生活を意識し、考え抜かれた家づくりにも思えますが「全部は完璧にできないと思っている」とピーターさん。住みながら、つくりながら、使いながら、現在進行形で暮らしを整えています。
心地良い家づくりとは、すなわち「どのような生活をしたいか」を突き詰めて考える行為です。それはおのずと、生活にまつわる物の選び方にも反映されています。つくり手でもあるピーターさんの視点は「置く場所があるかどうかで選んでいる」です。
「展示先で、各地の作家さんの器を買うことは多いですが『使ってみて良かったら揃えよう』と思って、大体ひとつずつしか買わないんですよね。あとから『もっと買えばよかった』と後悔することもあります。けれど、子どももいるし、物が増えやすく掃除も大変になるので、使う責任が果たせない物はなるべく買わないようにしています」
次世代への技術継承も意識した工房を新設
ピーターさんがこの地に移り住んだ当初は、自宅の倉庫と土間でガラス器の制作を行っていました。しかし、広さが足りないこと、そして自宅と工房が近すぎることを課題に感じるようになったそう。
「ガラス制作は共同作業なので、必ずひとりは手伝いに入ってもらいます。しかし以前の工房は狭かったから、手伝う人は自分の作品制作をする機会が少なく、すぐに辞めてしまっていました」
そんなときに、道を挟んだ向かいの古民家が空き家となったことを知り、工房として改装することを決意したピーターさん。2階の床を抜いて増築し、天井が高く開放的な空間へとデザインし改装しました。
工房を新設したのにはふたつの理由があります。ひとつは、自身の作品を制作するため。もうひとつは、ここで働く次世代への知識と技術の継承です。現在ピーターさんは、日本全国から集まる研修生にガラス制作を教えています。
新たな工房にはガラス溶解炉が複数あり、研修生はピーターさんの手伝いだけでなく、技術の指導を受け、習得した技術を生かして自身の作品制作を行うことが可能です。
「ガラス溶解炉をつくるとなると300〜400万円はかかるから、自分ひとりで工房をつくるのは難しい。一方で火を熾したら燃やし続けなければいけないから、ひとりで使うにはもったいない。ガラスは伝統的に人と協力してつくるもの。自由な作家の制作作業と、協力してものづくりを行う昔ながらの工場、両方のいいところをかけ合わせた場所をつくりたいと考えたんです」
15年で移住者が増え、おもしろいカルチャーが育ってきた富山
住まい、そして工房を構えるこのエリアの魅力について「田畑があり、家と家の間に竹を縛った塀があるなど、人々が自らものをつくりながら暮らす、昔ながらの生活習慣が残っているところ」と話すピーターさん。
いまでは大工兼農家さんが、採れたての野菜を研修生の分までお裾分けしてくれたり、スイカやウリをピーターさん家の池に浸けて冷やしておいてくれるほど、近所の方との交流もあるそう。
そして富山に移り住んで約15年が経ったいま、新たな変化もピーターさんは感じているといいます。
「富山はまちのサイズもちょうどよく、最近ではおいしいワインやチーズなど、いろいろなものが手に入るようになってきました。近年はUターンやIターンで新しくお店を始める人も増え、新たなカルチャーが育ってきたと感じます」
工房からはヒップな音楽が流れ、黙々と、時に協力しながらガラス制作を行う人々。制作に疲れたら、工房脇に設けられたアウトドアチェアに座り風に乗って運ばれてくる緑の匂いに包まれながら、寛ぎ、語らいます。
中と外がシームレスにつながる古民家の自宅では、川のせせらぎや虫の音に耳をくすぐられながら日々の営みを行うピーターさん家族。周りの人と手を取り合いながら、ものづくりと向き合い、生活を慈しむ暮らしがここにはありました。
Information PETER IVY / FLOW LAB
credit text:中森りほ photo:日野敦友
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