- posted 2025.09.22
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- #富山市 #lifestyle #とやまの居心地達人 #グルメ #お酒 #発酵食品
酒づくりを継承しながら、岩瀬のまちを醸す。〈桝田酒造〉5代目当主・桝田隆一郎さん
記事公開日:2024.03.01
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しみじみ飲めば、心がほどけていく。日本の「酒」の力を信じている
「仲間たちとみんなで集まってごはんを食べたり、好きな人たちとワイワイお酒を飲んだりしているときが、僕にとって居心地がいいというイメージに一番近いかもしれません。自分がそうやって楽しんでいるのはもちろん、みんなが楽しそうにしているのを見ているのも好きなんです。
うちの蔵では毎日、夕方5時ぐらいになったら杜氏さんたちと一緒に晩酌をするんですけど、やかんに一升瓶と水を入れてコンロで沸かして、熱燗にしてコップ酒で飲むんです。その時間がたまりませんよね」
そう話すのは、富山を代表する「満寿泉(ますいずみ)」の蔵元、〈桝田酒造店〉5代目当主の桝田隆一郎さん。富山市の北部に位置する東岩瀬町で生まれ育ち、家業である酒造りを営むかたわら、岩瀬のまちに残る古い町屋や蔵をリノベーションし、飲食店や作家の拠点づくりも行っています。
「美味しいものを食べている人しか美味しい酒は造れない」という「美味求真(びみきゅうしん)」をモットーに掲げ、世界照準での酒造りに取り組む桝田酒造店。スコッチウイスキー樽で熟成した日本酒やワイン酵母で醸す日本酒、さらにはドン・ペリニヨンの元醸造責任者であるリシャール・ジョフロワ氏との日本酒プロジェクト「IWA」のコラボレーションは大きな話題を呼び、伝統的な酒造りを守りながらも新たな挑戦をし続けています。
「一方で、『おいしい』に正しいも間違いもないと思っています。ただ、真面目に誠実につくられているかどうかは大きな違いがある。今、世界のトップの人たちはみんな同じ味覚を持っていて、どんどん繊細な味がわかるようになってきているんですね」
豊富な海の恵みと山の恵みが集まる富山では、当然ながら日本酒も素材を活かすことが求められます。もうひとつ、桝田酒造店が考える酒造りには、「酒の味は時代と共に変化するもので、その時代の感性に合った酒がある」という考えが根底にあります。
酒造りにおけるポリシーというのはなく、目の前に楽しいことや新しいことがやってきたときに、それをやってみたいと思うかどうかを大切にしているという桝田さん。日本の「酒」の独自性については、こんなことを話してくれました。
「日本人でも外国人でもだれでもそうなんですけど、熱燗を飲むときって無意識に肘をついて飲むことが多いんですよね。あったかい燗酒を飲んでいると、だんだんと背中が丸くなって肘をつくという現象が、おもしろいぐらい起きるんです。自然と体の力がゆるむというか、ほどけるんですよね。
そのときにあらためて思うんです。これはやっぱり酒の力だよなって。シャンパンを飲んでもそんなふうにならないから。おいしいんだけど、しみじみとしたものはないんです。それがまさに、日本の酒にはあるんですよ。どんな人の心をもつかまえるから、すごい力だと思いますよ」
心地良さを生み出す美意識と文化を醸すためのまちづくり
「自分が考える心地良さって、努力しないと生まれないものでしょう。僕は普段あえてニュースを見ません。世の中のうんざりするような情報や出来事にふれることで自分の心が乱れたり、振り回されたりするのが嫌なんです。心がけというのは大事です。そういう意味では、自分が暮らす場所や住むまちだって同じ。受け身でいるだけでは生まれない。自らがつくろうとして、あるいは感じようとすることで生まれるものでもあるから」
何が心地良くて、何を美しいと感じるか。桝田さんが考える居心地の良さとは、身の回りの環境からまちの景観にいたるまで、共通の美意識が宿っています。
岩瀬というまちで生まれ育ち、大学卒業後は神戸で7年を過ごし、さらにはイギリスを中心に1年ほどの海外生活を経験した桝田さん。地元を離れたことによって富山や日本に対する見方が変わり、その視点はのちにまちづくりにも大いに活かされることに。昨今の岩瀬のムーブメントを語るうえでは欠かせない立役者でもあるのです。
「自分が行きたいと思うお店がどういう場所で、写真に収めたくなるような風景がどんなものなのかは、生まれ育ったまちを離れたことで気付いたところがあります。
岩瀬に戻ってきたとき、商店街はほとんどシャッター街へと姿を変えてしまっていました。だから当時、なるべく空き家が売りに出た瞬間に買って直しましたね。31歳のときにつくった蕎麦屋さんが最初です。よく、まちづくりの例として取りあげられることが多いけれど、僕自身はそこまでの認識はなくて、気が付いたら今のようになっていたという感じです」
始まりは旧材木店を購入し、店舗が老朽化していたため移転先を探していた富山の老舗蕎麦屋「丹生庵」の再生を目的としたことがきっかけでした。次に、桝田さんはものづくりを生業とするさまざまなアーティストたちに、岩瀬に遊びにこないかと声をかけました。
すると、このまちを気に入ったガラス作家の安田泰三さんや陶芸家の釋永岳さん、さらには彫刻家や漆作家といった手仕事の作家たちが移住し、ギャラリーや工房を構え始めました。
「家を売りたい人がいて、仕事がなくて困っている大工さんがいて、ものを売れる場所がないという焼き物の作家がいて、なんとかして営業を続けたいという蕎麦屋がいる、そんな状況がありました。ならばここに店をつくってしまえば、いろんな人たちの困りごとが全部クリアになるんじゃないかと考えたわけです。それと同時に、まちの文化をつくっていくのは、やっぱり食とものづくりだと思っていましたから。
ある人からは当時、『蕎麦屋って知的好奇心が高い人たちが集まるから、岩瀬はそういう人たちが集うようになってまちを見てくれるようになる。いい場所をつくったね』といわれたのをよく覚えています。
ひとり、またひとりとキーマンになるような人がこのまちにきてくれたおかげで、その人たちが呼び水になっていろんな人がきてくれるようになったんです。思いを持った人やその道を極めようとしている人たちって、どこか共通したものがあると思うんですよね。僕にとってはみんな、家族みたいな人たちです」
クラフト、美食、酒。富山・岩瀬というまちの引力
日々、桝田さんのところへは全国各地からさまざまなゲストが訪ねてやってきます。この日もちょうど取材をしていると、京都のある有名料理店の夫妻が現れました。桝田さんが岩瀬のまちを一緒に歩きながら案内するとのことで、我々も便乗させてもらうことに。
「この400メートルの通りだけでも、日本料理店、寿司店、イタリアン、フレンチといったミシュラン掲載店が6軒あるし、クラフトビールのブリュワリーや日本酒のテイスティングができるお店もあります。それから焼き物やガラスの工房、鍛冶屋などクラフト作家たちも多く集まっています。富山の人たちってすごく団結力があって、料理人なんか特にそうなんだけど、よく一緒に食事をしたり仕事をヘルプし合ったりしていて、すごく良い関係性だなあと思うんですよね。だから見ていても気持ちがいいんです」
一方でこれらの飲食店は、カウンターのみで席数が限られているためにどうしても予約が取りにくいことや、作家は制作が中心であることから飛び込みの見学や接客対応が基本的に難しい状況があり、「正直なところ単純な観光目的でやってきた人たちが満足できるかどうかはわからない」とも話します。
「要するに岩瀬っていいまちなんだけど、ちょっとめんどくさいまちでもあるんですね(笑)。ふらっと遊びにくるのもハードルが高くなってしまっているこの状況は、みんなけっこう頭を抱えていると思います。せっかくきてもどこにも行けず終わってしまったらもったいないですから。ただおもしろいまちであることは間違いないので、ちゃんと目的や興味がある人だったら楽しめると思います」
若い頃は富山のアイデンティティというものが分からず、都市部に対するコンプレックスがあったという桝田さん。今ではここにしかない価値がたくさんあるといいます。豊かな食材の宝庫であること、それによって美食家たちが集まるようになったこと、そこから多様な人との出会いやつながりが生まれていったこと。それらの蓄積によって、まちの再生やローカルの魅力が醸成されてきたともいえるでしょう。
最後に、自身の故郷でもある岩瀬のこれからについて、どのように感じているのか尋ねました。
「富山にいながらにして、日本はもとより世界中からユニークなことをやっている人が集まってくる今の状況は、すごく楽しいですよ。でも、まだまだ岩瀬に足りないものは山ほどあります。たとえば、1組か2組ぐらいであれば泊まれる場所はあるものの、ホテルなどの宿泊施設が少ないんです。おいしいお酒とごはんを楽しんだらそのままゆっくり泊まりたいじゃないですか。それで翌朝、まちをのんびり散歩する。そんな過ごし方ができるようになったらいいだろうなと思いますよね」
Information 沙石(させき)
address:富山県富山市東岩瀬町93
access:富山港線「東岩瀬駅」から徒歩約12分、北陸自動車道富山ICから車で約25分
営業時間:10:00~17:00
credit text:井上春香 photo:日野敦友
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