アウトドアライフに伝統工芸のエッセンスを。〈artisan933〉が提案する伝統工芸の未来-1
背景の山のシルエット

アウトドアライフに伝統工芸のエッセンスを。〈artisan933〉が提案する伝統工芸の未来

記事公開日:2023.11.30

「美しいアウトドアブランド」をつくるふたりの出会い

「伝統工芸×アウトドア」をコンセプトに、さまざまなアウトドアギアを生み出している〈artisan933〉。高岡の伝統工芸の技で着色したシェラカップや鉄製のペグを模した漆塗りのお箸など、ユニークなプロダクトを生み出している注目のブランドです。

今回、向かった先は富山県南砺市利賀村にあるキャンプ場〈TOGA ART CAMPGROUND〉。〈artisan933〉はキャンプ場の企画開発も手がけており、2022年にオープンしたキャンプ場です。

国道471号に入ると、のどかな田園地帯から豊かな緑にあふれた渓谷へと景色が変わっていきます。つづら折りの道路を登っていくと、だんだんと標高は高くなっていき、先ほどまで視線の横を流れていた庄川もはるか下に。周りを見回せば、これぞ“渓谷”という景色が広がります。

  • -0

    高岡駅から利賀村へは車で1時間20分ほど。〈TOGA ART CAMPGROUND〉へは公共交通機関で来ることもできますが、本数も少ないので車で来るのがオススメ。

果たしてこの先に「村」があるのか少し心配にもなりますが、山道に入ってから30分ほどで利賀村の集落に到着。そこからもう少し車を走らせた百瀬川沿いにようやく〈TOGA ART CAMPGROUND〉が見えてきました。

  • -0

    現在冬季休業中。再開は2024年のゴールデンウィーク頃を予定。

  • -0

    6つの区画に分かれたキャンプフィールド。〈THE NORTH FACE〉のテント「ジオドーム」をはじめ、キャンプ用品をフルセットで貸し出しているため手ぶらで訪れて宿泊することができます。

出迎えてくれたのは〈artisan933〉取締役部長・國本耕太郎さん。國本さんは1909年創業の高岡市の老舗漆器問屋〈漆器くにもと〉の4代目でもあります。さらにクラフト、食、アート、デザインなどさまざまな分野を横断する高岡の秋の祭典『高岡クラフト市場街』の実行委員長も務めています。

  • -0

    〈artisan933〉の取締役部長・國本耕太郎さん。

問屋として多くの職人さんとのつながりがあり、さらに高岡のまちの活性化にも尽力する國本さんが〈artisan933〉を立ち上げることになったきっかけは、ある日知り合いから「おもしろいやつがいる」と、ひとりの男性を紹介されたことでした。

その人物が〈artisan933〉の現社長である木原彰夫さん。國本さんと同じ高岡市出身の木原さんは東京を拠点にしたアウトドアブランドで働いた後、2015年に独立。利賀村に拠点を構える〈劇団SCOT〉の演劇祭のプロデュース事業に関わるなど、故郷への貢献をひとつの柱とし自らの事業を展開していました。そうして地元の富山との接点が増えていくなかで高岡の伝統工芸の窮状を知り、その状況の改善に寄与できるよう職人の技術を生かした「美しさにこだわったアウトドアブランド」の構想が生まれたそうです。それを具体的にどう動かしていくか考えている時期に、國本さんと知り合いました。國本さんは木原さんのアイデアに対して「おもしろそうだ」と感じたそうです。

「自分はアウトドアが大好きですし、“モノオタク”でもあるんです。そういった意味でも、アウトドアギアを自分がこれまで培ってきた職人さんの人脈を使って生み出せるということにワクワクしたのを覚えています。木原は伝統工芸については当時あまり詳しくなかったので、それからいろいろな工房を私が案内するようになりました」

アウトドアライフのなかで生きる伝統工芸のかたち

さまざまな職人さんたちの工房を訪ねるなかで、木原さんが特に惹かれたのが、銅、真鍮への着色を専門とし高岡を代表する伝統工芸士である〈momentum factory Orii〉の折井宏司さんでした。

金属をさまざまな食品や薬品で反応させ、あらゆる色に変化させる折井さん独自の着色技法に感銘を受けた木原さんは、〈artisan933〉の第1弾商品に折井さんの技術を生かしたアイテムをつくろうと決意します。そして試行錯誤を重ねて生まれたのが「Orii color magic brass cup」。美しい塗装を施した真鍮のシェラカップです。

  • -0

    Orii colormagic brass cup(各9900円)。現在4色で展開中。

「着色といっていますが正確には塗装ではなく、銅や真鍮が持つ腐食性を利用し薬品や熱をコントロールして、いろいろな模様や色をつくり出しています。このシェラカップでは『糠焼き』といって、カップに糠味噌を塗り熱を加える方法を採用しています。そうすると表面に独特な模様が浮かび上がります。その後、薬品などを使いさまざまな色に発色させているんです」

  • -0

    同じく折井さんの工房で着色されたOrii Colormagic Gas Case 500(15400円)。青銅色は銅が腐食しできた緑青を定着させたもの。

  • -0

    國本さんは「折井さんの着色技術は、日本一といっても過言ではないと思っています」と語ります。

  • -0

    キャンプサイトのトイレ用品にも、折井さんの着色が施されています。

次に手がけたのが、鉄のペグのように見えるお箸「PEG O'HASHI」。何も知らずに見ると、本物の鉄と勘違いしてしまうほど。このようなラインナップに〈artisan933〉の遊び心を感じます。

  • -0

    PEG O'HASHI(9900円)

「PEG O'HASHI」では “ペグっぽさ”の核となる鉄の質感を表現するため、漆塗りの技術である「蒔地」が使われています。

「ペグの形をした木地に漆を薄く塗り、そこに乾漆粉をパラパラと蒔いて、さらに漆を塗ります。そうすると鉄っぽいザラザラとした質感が生まれるんです。ペグでご飯を食べている奴がいる! と驚かれるぐらいに本物の鉄の質感にこだわりました」

木地は鋳物用の木型を製作する職人さんが3Dモデリングマシンで削り出したもの。「PEG O'HASHI」は現代と伝統のものづくり技術が融合したアイテムでもあるのです。

  • -0

    持ち手部分は六角形で手によく馴染みます。重そうに見えますが、木なのでとても軽いです。

ほかにも、高岡漆器と山中漆器の技術をかけ合わせて生み出されたビール缶カバー「350 CARVING KOOZY」や、富山の伝統工芸品である五箇山和紙の若き職人と共同開発したLEDランタンシェード「ORIHOSHI~おりほし~」など、アウトドアと富山の伝統工芸が見事に融合したアイテムが揃っています。

  • -0

    350 CARVING KOOZY(13200円)。山中漆器で有名な石川県加賀市のろくろ師がつくった木地に、高岡漆器の「彫刻塗」の技法を施したもの。ビール缶がスムーズにハマる心地よさがあります。

  • -0

    ORIHOSHI~おりほし~(4950円)。五箇山の和紙職人・石本泉さんと開発した折りたためるLEDランタンシェード。和紙を通した柔らかな光に癒されます。室内のインテリアアイテムとしてもオススメ。

とかく機能性ばかりに注目がいきがちなアウトドアギアのなかで、〈aritisan933〉はブランド立ち上げ時の「美しいアウトドアブランドをつくる」という思いから、一切ブレないものづくりを続けてきました。アウトドアと伝統工芸の調和が素晴らしい商品のアイデアは、どのように生まれているのでしょうか。

「まずは工房や職人さんを私と木原でたくさん回り、頭のなかにどんな技術が地域にあるのかをインプットします。そうすると普段の雑談の間に、ふとアイデアが生まれてくるんです。例えば食事中に、『ナイフつくったらどうかな?』みたいな感じで。そうして生まれたアイデアを職人さんに投げてみて、トライ&エラーでかたちにしていきます。やっぱり一番は僕たち自身が使いたいと思えるかどうか。突拍子もないものをつくるよりも、自分たちの日常やアウトドアライフのなかで出てきたアイデアを生かすのが一番いいと思っています」

  • -0

    “スピンオフ”として紹介してくれたアイテム。射撃場で捨てられる予定だったショットガンの空薬莢を、ライターのカバーとしてカスタマイズしたもの。

広がっていく〈artisan933〉の取り組み

アイテムのラインナップが増えていく過程で、2019年10月に〈aritisan933〉は法人化。今ではアウトドアギアだけでなく、先述の通り〈TOGA ART CAMPGROUND〉の運営など地域活性事業にも取り組んでいます。

「昨年から我々が中心となって『sounds of silence』という音楽フェスを〈TOGA ART GROUND〉で開催しています。“静かな山の音楽祭”と銘打って、山々に囲まれたこの風景に合うミュージシャンを招いた、静かな音を楽しむ音楽フェスです」

  • -0

    『sounds of silence 2023』は〈TOGA ART CAMPGROUND〉の広場にライブステージとキャンプエリアを設け、利賀村の自然を生かしたワークショップも開かれました。

  • -0

    『sounds of silence』のスタッフジャンパー。

今年からは、〈TOGA ART CAMPGROUND〉に隣接する〈利賀国際キャンプ場〉の運営も請け負うようになり「商品開発よりもキャンプ場やイベントの運営で忙しくなってきた」と語る國本さん。しかし、アウトドアブランドとしての思いは当然捨てていません。新たなプロダクトも構想中。

「高岡漆器の大きな特徴である、貝で装飾する『螺鈿(らでん)』を駆使したシェラカップや、ペグのお箸と同じ発想でダッチオーブンの形をしたお椀の開発をしているところです。あとはお皿やトレイなんかもつくりたいなと。まずはテーブルウェアを充実させていきたいと思っているんです」

  • -0

    トレイやお皿、ランチョンマットなど、テーブルウェアはアウトドアギアのいわば“隙間産業”。その領域に伝統工芸の技はマッチすると國本さんは考えています。

模索し続ける未来への可能性

「デジタルな社会が進めば進むほど、その対極にあるアウトドアの価値は高まっていくのではないか。そこに僕は伝統工芸が生き残っていく活路を感じています」

國本さんの根底には、老舗漆器問屋の跡取りとして小さい頃から近くで見てきた伝統工芸、そして職人への思いがあります。

「私が子どもの頃は伝統工芸の世界は景気がよかった。でも、自分が家業に戻ってきたときには様子は一変していました。今、伝統産業は日本全国どこも苦しいと思いますが、だからこそ発信の仕方や技術の生かし方を考えていかなければなりません。そのひとつとして『アウトドア』に可能性があると思っています。職人さんって技術は持っているんですけど、それをどうアウトプットしたらいいかわからない人が多い。その人たちを助けられるよう、〈artisan933〉の企画力と販売力をもっと上げて、職人さんとともに仕事を続けていきたいと思っています」

  • -0

    國本さんとメンバーの難波紀一郎さん。もともと東京でバーテンダーをしており、そこで木原さんと知り合った縁から富山に移住し〈artisan933〉に加わりました。

職人の高齢化や後継者不足、そして生活様式の変化によるニーズの変化など、現在、伝統産業が対峙している壁はたくさんあります。

それでも、アウトドアブランドで長年働いてきた経験とそこで培ってきたセンスを持つ木原さんと、伝統工芸への深い見識と地域の職人との広大なネットワークを持つ國本さん。このふたりから生まれた〈artisan933〉が伝統工芸の新たなかたちをつくり、地域のシンボルとなっていく。そんな未来が訪れるかもしれません。

  • -0

    くっきりとした虹がかかった。

Information artisan933

Information TOGA ART CAMPGROUND

address:富山県南砺市利賀村上百瀬48番地 富山県利賀芸術公園内
access:北陸自動車道 砺波IC、北陸自動車道 富山IC、東海北陸自動車道 五箇山ICより、車でそれぞれ約1時間

credit text:平木理平 photo:朝岡英輔


この記事をポスト&シェアする


背景の山のシルエット

Next feature article

次に読みたい記事

TOYAMA
Offical Site

富山県の公式サイト