- posted 2025.09.22
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- #富山市 #魚津市 #lifestyle #well-being #エンタメ
富山県の銭湯が舞台の短編映画『ゆ』 平井敦士監督が語る、銭湯と映画
記事公開日:2024.03.28
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あらゆる人々の日常や人生が交差する銭湯を舞台に繰り広げられる物語
フランス・パリを拠点に活動する富山市出身の映画監督、平井敦士さんによる短編映画『ゆ』。2023年のカンヌ国際映画祭「監督週間」に正式招待されたほか、国内外のさまざまな映画祭ではグランプリを含め、数々の賞を受賞しています。
大晦日の夜、銭湯を訪れたひとりの男性の物語。21分という短い作品ながらも、銭湯を訪れる人々とそれぞれの日常が交差する様子が繊細に描かれている本作。セリフが少ないぶん、人々の表情の変化や動作、ひとつひとつの音の表現が印象的で、映像に引き込まれるとともに、シーンの中に潜っていくような感覚があります。
根っからの銭湯好きで、かねてから銭湯をテーマにした映画を撮りたいと考えていた平井さん。故郷の銭湯を舞台にした作品『ゆ』は、どのようにして生まれたのでしょうか。
「銭湯って、いろんな人の日常や人生が詰まっている場所で、あらゆる世代の人が訪れるという意味では、日本という社会の縮図でもある気がしています。
たとえば、僕みたいに長く故郷を離れて久しぶりに帰ってきた人もいれば、大切な人との別れを経験したばかりの人もいるかもしれないし、子どもが生まれて喜びに満ちている人もいるかもしれない。そういうのってすごく映画的だし、いつかここで映画を撮ってみたいと思ったのがきっかけです」
映画製作に向けて現実的になったのは、以前の職場の人と銭湯で偶然再会したときに聞いた、ご家族を亡くされたというエピソード。一緒にお湯に浸かりながらぽつり、ぽつりと話す様子や、帰るときの後ろ姿を見て「映画を撮ろう」と心に決めたそうです。
「僕の映画は、自分のなかに溜まっていたもののアウトプットのかたちでもあるので、富山で撮ることに意味があると思っているんです。ここは自分が生まれ育った場所であり、この土地に備わっている文化がアイデンティティにもなっているから。方言やイントネーションもそうですし、富山の人の空気感を意識していて、地元らしさをどのように表現するかがとても重要なことでした」
主演は東京在住の俳優、吉澤宙彦さん。しかし、そのほかの出演者はほとんど俳優ではない富山県の人々を起用し、平井さんの家族や友人も登場。また、地元の人々に長く愛されてきたものの、数年前に廃業し取り壊しが決定していた〈草津鉱泉〉での撮影では、実際に番台を務められていた方に番台役として出演を依頼しました。
「ロケ地は〈川城鉱泉〉さんと〈草津鉱泉〉さんの2か所で、浴場の掃除を手伝わせてもらったり、お湯を沸かす釜場を見せてもらったりもしました。それまではお客さんとして利用するだけだったのが、銭湯の裏側を見せてもらったことで、こんなにたいへんな作業があるのに、ふらっときてワンコインでお風呂に入らせてもらっているなんて贅沢なことだな、ありがたいなと強く思いました」
ひとりでも不思議と孤独ではない銭湯と映画館にみる共通点
上手くいかないことがあったり、ふと寂しさを感じたりすると銭湯へ行きたくなるという平井さん。静かに湯に浸かりながら、あちこちから雑談が聞こえてきたり、無心で体を洗ったりしていると、ひとりでいてもそこに孤独感はなく、どこか温かい気持ちにもなるのだそう。
「僕にとって、銭湯に行くのは映画館に行くのと近い部分があります。家で映画を観るのと、映画館に行って観るのってまったく違う体験じゃないですか。知らない人たちと一緒に同じ空間で同じ作品を観て、映画館を後にする。
銭湯も同じで、お風呂に入ることは家でもできるけど、わざわざ他人同士でしかも裸になってお湯に浸かって、同じ時間を共有する。これってなんか似ているなあと。どっちがいいとか悪いとかの話じゃなくて、利便性だけではない良さがあるということですよね」
映画とは、行為ではなく体験。作品を通じて、観た人たちそれぞれの人生と重ねながら感じたり考えたりすることで、自らの体験としてもらえたらうれしいとも語ります。
幼い頃から映画を観るのが好きだったものの、学校という場所に興味が持てず、苦悩の10代を過ごした平井さん。いつしか映画を表現手段のひとつと捉えるようになり、富山県の高校卒業後は東京の映像専門学校へ進学。その後は23歳でフランスへ渡り、パリにある専門学校で映画への学びを深めます。
「映画にふれるきっかけは、アクション映画好きの父親の影響もあったと思います。ただ僕が映画の道に進むこと自体は大反対で、一時期ずっと故郷に帰っていなかったんです。
そんな父との関係性や故郷をテーマにしたのが前作『フレネルの光』です。父をはじめ、母、弟、父方の祖母、友だちにも出演してもらいました。なんていうか、この映画を撮ったことで初めてちゃんと家族になれたような感覚があります。実際に撮影現場を見た父は『こんなに一生懸命やっていたんだな』ともいってくれて。いろんな賞をもらって各地で上映していることを一番喜んでくれているのは、僕以上に父親かもしれません」
現在は国内で新たにドキュメンタリーを製作中とのこと。初めてのことばかりで試行錯誤しながら奮闘しているといいます。次回作の構想もあり、富山県を舞台にしながらも、これまでとは違ったテーマや切り口での作品にも積極的に挑戦していきたいと話します。
「なんていいながら、また同じような場所を撮りたくなってしまうかもしれません(笑)。というのも、生まれ育った場所や日本から長く離れていると、当たり前だった日常が特別に思えてくるんですよね。
そういった場所はきっと銭湯以外にもあって、自分の場合は故郷に帰ってくることで実感するんです。家族や身近な人がそばにいるということや、家があって生活できる場所があるということもそうですけど、当たり前のように暮らせている日常っていうのが実は一番贅沢なことなんだということを、僕自身がこの映画を撮ってあらためて実感しています」
それぞれに独自の魅力や歴史あり。平井さんが愛する、富山の銭湯5選
帰国すると、決まって富山の銭湯に足を運ぶという平井さん。長期間行けない状態が続き久々に訪れると、毎回感動するといいます。
「普段から満たされていたら特別に感じないけど、長い間離れてから体験すると、ものすごく幸せを感じるんですよ。フランスに行ったばかりの頃、何年か日本に帰らなかった期間があるんですけど、今まで当たり前だったすべてのことに感動してしまって。地元に戻ってきたときの楽しみは、やっぱり食べものと銭湯ですね。長いフライトの後の銭湯は格別です(笑)」
富山には昔から銭湯文化が根づき、エリアごとにさまざまな個性を持った銭湯が存在します。風呂好きにとっては恵まれた環境でもあるのです。そのため近所の銭湯はもちろん、平井さんのようにいくつか行きつけがあり、気分や目的によって行き先を変えるという人も少なくないとか。ここでは平井さんが選ぶ富山のおすすめ銭湯を紹介していきます。
川城鉱泉(魚津市)
「『ザ・銭湯』という風情ある空間と建物がたまりません。古き良き日本の銭湯を体験するには一番。松任谷由実やジブリの主題歌が流れているのもいいし、風呂上がりにテレビの前に集まって、みんなで相撲を眺めている様子なんかもいい。お湯の温度は熱め。漁師が多いから、さくっと入ってあたたまって帰るって感じの銭湯ですね」
たから湯(富山市)
「サウナに入りたいと思ったらここへ。開業当時から続けている軟水浴場が自慢で、男湯には露天風呂が設置されています。ゆるいヴォリュームで流れているラジオもまたいいんですよね。事務所を近くに借りているので、富山に滞在しているときはよく行きます。清潔感があってバランスも良くて、機能的ないい銭湯だなあと思います」
古宮鉱泉(富山市)
「おそらく県内で2番目ぐらいにお湯の温度が熱い(自分調べ)。ちなみに1位は〈竹の湯〉ですね。熱めのお湯でもギリギリ入れる温度と、絶対茹でにかかっているだろうっていう温度の2種類がありますよね。いつも普通に入っているおじいちゃんがいるけど、大丈夫だろうか。タイル絵と古い形の浴室もいい。珍しい椅子にもご注目ください」
水橋温泉 ごくらくの湯(富山市)
「銭湯というよりも温泉。お湯がものすごくいいんです。露天風呂もあって、純粋に温泉としてすばらしい。疲れが溜まって体を回復させたいと思ったときにきています。休憩室には畳のスペースがあって、よくここで脚本を書いたりしていました。書いて煮詰まったらお湯に浸かって、ひとやすみしてまた書いて。思い出の場所ですね」
マルトミ鉱泉(富山市)
「地域の人に愛されている銭湯という感じ。立派な日本庭園があって、お湯に浸かりながら眺められるのが贅沢です。富山では「鉱泉」と名がつく銭湯が多く、これは水道水ではなく地下水を沸かしているというもの。ゆえに良い成分を多く含むのだそう。お湯自体は滑らかで、湯冷めしにくいような気がします。銭湯といっても実にさまざま」
Profile 平井敦士
1989年、富山県富山市水橋生まれ。東京の映像専門学校(バンタン映画映像専門学院・映画監督本科)を卒業し、2012年に渡仏。パリの映画学校(ESEC)で学んだ後、 映画監督ダミアン・マニヴェルに師事。助監督として多くの撮影現場に参加し映像制作を学ぶ。地元である富山市水橋で撮影した短編映画『フレネルの光』が、第73回『スイス・ロカルノ国際映画祭』のインターナショナルコンペティション部門にノミネート。米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭『SSFF&ASIA 2021』ジャパン部門グランプリ、東京都知事賞受賞。<br>
続く『ゆ』は、フィンランド『タンペレ国際短編映画祭 インターナショナル・フィクション部門』最優秀賞、チェコ『Pragueshorts国際短編映画祭 インターナショナル部門』グランプリ、リトアニア『Vilnius国際短編映画祭 インターナショナル部門』グランプリ、パリ『Paris Courts Devant国際短編映画祭 フィクション部門』審査員賞受賞、世界最大級の短編映画祭『クレルモン=フェラン国際短編映画祭 ナショナル部門』ノミネート、コロンビア『BOGOSHORTS国際短編映画祭 インターナショナル・フィクション部門』最優秀賞、ポーランド『ŻUBROFFKA国際短編映画祭 インターナショナル部門』優秀賞、カナダ『第52回モントリオール・ニュー・シネマ国際映画祭 短編部門』グランプリ、『カンヌ国際映画祭 監督週間』正式招待、スペイン『サンセバスチャン国際映画祭』正式招待。
credit text:井上春香 photo:日野敦友
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