“観たい”、“知りたい”を訴求する、商店街にあるミニシアター〈ほとり座〉-1
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“観たい”、“知りたい”を訴求する、商店街にあるミニシアター〈ほとり座〉

記事公開日:2023.11.10

良質な映画と出合う場を受け継ぐ

国内外の知られざる名作を上映するミニシアター〈ほとり座〉。さまざまな映画の上映を通して、”映画体験”というものを提供することで、単なる鑑賞を超えた文化発信やコミュニティの創出が行われています。その独特のスタイルは、まるで〈ほとり座〉を切り盛りする株式会社〈エヴァート〉代表・田辺和寛さんのこれまでの生き方や働き方が反映されているようでした。

田辺さんは富山出身。DJとして東京で活動し、ミュージックバー〈Orbit〉に勤めながら、オーガナイズやブッキングにも携わっていました。

「僕が働いていたミュージックバーは都心にありながら、さまざまなジャンルのミュージシャンやカルチャー界隈の方々、さらに地元の人が集まるローカライズされた場所で、雰囲気がすごくよかったんです。オーナーが信頼して店を任せてくれ、壁をぶち抜いてDIYしたり(笑)、スピーカーの配置を変えたり、自由にさせてもらっていました。次第に“この人とこの人が組んだらいいんじゃないか”と、ブッキングの仕事もするようになりました」

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    〈ほとり座〉を運営する田辺さん。ゆったりとした座席が印象的なシネマホールにて。

田辺さんにとってバーの運営は、やりがいのあるもので、今の映画館運営にも通じる能力を発揮していたようです。一方で、DJとしての音楽活動においては、東京の消費的なやり方に違和感を感じ始め、それは、地元・富山への思いと交錯していきます。

「自分自身、音楽活動にやりがいは感じていたものの、東京は人が多い分、代わりはいくらでもいます。常に新しいことをやらないとすぐに飽きられてしまう。刺激はありましたが、もっと土地に根づく文化活動ができないかと思い始めました。東京生活10年目という節目に東日本大震災が発生し、そのタイミングで地元に戻ることにしたんです」

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    ブルーグリーンの壁に赤い扉が印象的な〈ほとり座〉。

2011年に富山に戻り、地元のイベント企画会社に就職。2014年に中央通りに〈HOTORI〉と名づけたイベントスペースを開きました。音楽ライブをメインにトークライブなども行いながら、カルチャー発信地として徐々に注目を集めるようになります。すると、田辺さんにミニシアター運営の話が舞い込みました。

「2016年、まちなかにあったミニシアター〈フォルツァ総曲輪〉が閉館することになり、当時の館長から、映画館の機能を引き継いでくれないかと相談がありました。僕が東京時代に単館系の映画館に足繁く通っていたのを知ってくださって声をかけてくれたのか、経緯は謎ですが(笑)。僕がもともとDJという存在を知ったのも2PACというラッパーが出演していた『Juice』という映画からだったので、映画の普及に役立てるようであればと思い、すぐに快諾したんです」

田辺さん自身、これまで携わってきた音楽業界とはまったく違うジャンル。新しい挑戦でしたが、共通点とやる意味を見つけたようです。

「若い頃に勤めていたレコードショップでは、リリースの文字情報と自分の知識だけを頼りにレコードを発注しなくてはなりません。上映映画を決めるのもその感覚に近いのかなと。監督や出演者、配給会社、題材を見ながら1か月の作品ラインナップのバランスを考える。これまでのノウハウを生かせば、自分にもできるはずだと思いました。また、全国には20席ほどの小規模映画館があることも知っていたので、がんばればなんとか運営できるだろうと」

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    政治ドキュメンタリーからヒューマンドラマ、中国映画の名作など幅広いジャンルがラインナップ。

そして、東京からUターンした田辺さんには、しっかりと地方都市のカルチャーにおける課題感も見えていました。

「まちなかから映画館がなくなってしまうことに危機感を感じました。音楽やファッション、建築などのカルチャーから社会問題、時事ネタまで、ミニシアター系作品には配信作品やシネコンでは観られないジャンルのものが多い。これが富山で観られなくなるのはもったいないと思いました」

即座にプロジェクターとスクリーンを購入し、20席ほどのミニシアター〈ほとり座〉が完成。シネマカフェというかたちで、映画の上映だけでなく、飲食や音楽ライブも楽しめるスペースとして徐々に広がりを見せます。

「もともと土地に根づく文化活動をしたいというのが富山に帰ってきた理由だったので、自分のやりたいことができている実感がありました」

客層を広げるためのさまざまな工夫

その後、閉館したままだった〈フォルツァ総曲輪〉の劇場を再び稼働させたいとオファーがあり、〈ほとり座〉移転の話が動き出します。

「“シネマカフェ”から本格的な映画館へ移るとなると、席数が一気に増えます。ただ、前身の〈フォルツァ総曲輪〉は公民館のような雰囲気で、メインの客層はシニア層。以前のイメージのままでは、客層が広がらないし、経営は10年も持たないでしょう。僕たちの使命は若いお客様を増やすことだと思って、リノベーションすることにしました」

狭い間隔の客席はひとりずつゆったり座れるように余裕を持たせ、座り心地をアップデート。また、音響にもこだわり、上質な音とともに圧倒的な映画の世界観を楽しめるように。エレベーターを開けて飛び込むのは鮮やかなブルーの壁。その手前にはカフェスペースも用意しました。

「お金がなかったので、自分たちで棚をつくったり、壁を塗ったり、DIYしました。東京のミュージックバーでの経験がここで生きてますね(笑)。エレベーターの扉が開いた瞬間に日常から切り離される。そういう空間を目指しました」

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    広々としたロビーはカフェスペースも併設。上映時間にかかわらず、自由に過ごすことができます。

2020年4月の開館に向け準備を進めていたものの、新型コロナウイルスの影響で延期を余儀なくされます。6月にはなんとかオープンに漕ぎ着けましたが、順調な船出とはいきませんでした。

「外出が制限され、いつ正常な営業ができるのかと不安な状況が続きました。1日の来場者数が8人という日もあったくらい。そんななかで、地元・富山を題材にした『はりぼて』という作品を上映したとき、3週間で来場者が2000人を超え、初めて手応えを感じました。観たい、知りたいという人間の根源的欲求は流行病を乗り越えられる。そうした成功体験を重ねて、徐々にスタッフからも“もっとこうしよう”と新しい試みや企画が上がってくるようになりました」

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    カフェで提供しているオリジナルの「自家製アイスチャイ」(500円)と「スパイスコーラ」(500円)。

田辺さんの奥様と若いスタッフが中心になって考えているというフード&ドリンクメニューもそのひとつ。自家製チャイやスパイスコーラなど気になるメニューが充実しています。

「映画を観ながらおいしいコーラが飲めたらそれだけで少し特別な映画体験になると思うんです。だから、ここでしか味わえないものを大事にしたい。インド映画『RRR』の上映時に提供した自家製ラッシーもすごく好評でした。〈ほとり座〉ファンのなかには『次は何をしてくれるのかな?』と楽しみに来てくださる方も少なくありません。お客様の反応を見て、次はこれをしてみようとスタッフと一緒になって考える。そういったセッションが楽しいですね」

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    スタッフとともにDIYしたカフェカウンター。手書きの黒板メニューに親しみを感じます。

お客さまの顔を覚え、意見を聞き、柔軟に対応できるのもミニシアターの強み。また〈ほとり座〉では「シネマステューデントクラブ」という独自のサービスも。学生であれば1本の映画を500円で観られるそうです。こうしたチャレンジを実現できるのも、小規模ゆえの柔軟性のおかげでしょう。

「配信が当たり前になっている若い世代にこそ、映画館で映画を観る鑑賞体験のすばらしさを伝えたい。このサービスは、今年、高岡のミニシアター〈御旅屋座〉の学生バイトから弊社に入社した社員が提案してくれたんです。若い世代に映画館で映画を観る時間を増やしてもらわないと、映画業界に未来はないと思っています」

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    「シネマステューデントクラブ」では毎月映画を観た後、感想を語り合う会を開催。

〈ほとり座〉が地域にできること

少しずつではあるけれど、動員数は右肩上がりの成長を続けている〈ほとり座〉。ただし動員や売り上げを伸ばすばかりが目的ではないという姿勢が感じられます。ローカルのミニシアターが担うべき役割にも邁進しています。

「オープンして3年が経ち、徐々に〈ほとり座〉の影響力が周囲に見え始めたのではないかと思います。たとえばうちの学生バイトや新入社員の友達が集まり、映画を観た後に座談会をすることがあります。その様子を大人が見て興味を持ち、そこから会話が始まることも」

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    〈ほとり座〉がプロデュースする高岡のミニシアター〈御旅屋座〉のzine『fil』。現在〈ほとり座〉で働く社員が学生アルバイト時代に作成したもの。

〈ほとり座〉のようなミニシアターの映画は、人によっては、オシャレ過ぎたり、高尚で難しいものと捉えられがちです。しかし田辺さんが「映画は最後の生命線」と言うように、映画には、たくさんの要素が詰まっていて、カルチャーを醸成できる「総合芸術」です。

「映画自体はすでに完成したものなので、僕たちができることは料理のスパイス程度にしかなりませんが、それこそが〈ほとり座〉で観る意味につながると思います。映画を観た後に感想を言い合う場所があったり、映画の世界観を体現したドリンクを飲んで気持ちを盛り上げたり。些細なことかもしれませんが、そういうことを大事にしたい。自分たちの上映したい映画よりも効率を意識した映画を選んだり、飲食の原価率を下げることばかり考えると働いている側の意識も下がり、それがお客さんにも伝わります」

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    「映画館を盛り上げて、まちの賑わいを取り戻したい」と田辺さん。

新生〈ほとり座〉が目指すこと。その目線は高く向けられています。

「ここでしかできないイベントが実現でき、お客様の喜ぶ顔を目にすると、諦めずに続けてきてよかったと思います。正直『こんなにいい作品なのに思ったより人が入らない……』と肩を落としたこともありますが、誰かひとりでもこういった活動を続けていかないと映画業界も地方も衰退していく。やりたいことはまだまだたくさんあります。今年に入ってようやくコロナ前のような生活が戻ってきたことで、やっとスタートラインに立ったと思っています」

〈ほとり座〉の目標年間動員数は3万人。その3万人に対して、ただ映画を観る場所ではなく、世代間交流が生まれる場所、人々の生活に溶け込んだ文化発信の場所として、挑戦は始まったばかりです。

Information ほとり座

address:富山県富山市総曲輪3-3-16 総曲輪ウィズビル4F
tel:076-422-0821
access:富山地方鉄道「グランドプラザ前」駅より徒歩3分
定休日:なし

credit text:浦本真梨子 photo:兼下昌典


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