“ローカルコンビニ”という新たな目的地。〈立山サンダーバード〉を訪ねて
記事公開日:2023.12.20
均一化された品揃えとおいしさよりも偏った視点と見た目のおもしろさが魅力
富山と長野を結ぶ山岳観光ルート、立山黒部アルペンルートに向かう道の入り口にある〈立山サンダーバード〉。登山やハイキング、スキーを楽しむ人たちの栄養になるようなものを提供したいという思いから、1996年にオープンしました。
当初は「普通のコンビニ」だったものの、現在は「ユニークなローカルコンビニ」として県外や海外からもここを目指してやってくる人も多く、立山の新たな観光スポットになっています。
名物となっているのが、毎日お店で手づくりしているサンドイッチとおにぎり。売れたらその都度つくっては補充するスタイルなので、お客さんが多い日は大忙しです。
サンドイッチは定番のものから変わり種まで50種類以上もあるそうで、過去には100種類以上ものメニューがあったというから驚きです。おにぎりはというと、具材の種類の多くがジビエという攻めっぷり。そのほか変わり種もさまざまです。
「まあ、これだけ個性ある商品のなかでも、人気商品はいたって普通のハムエッグとかたまごサラダとか、カツサンドなんですけどね(笑)。変わり種でいうと『チャーハン ギョウザ Bセット』はけっこう売れています」
変わり種サンドイッチにはこんなエピソードも。
「何年か前にお客さんから、『甘いのとか旬のものはないの?』って聞かれたんです。それがちょうど春ぐらいだったんですけど、春っていったら筍とか山菜かあ、甘いものは何がいいかなあ、なんて考えてたら、そういえばうちに『たけのこの里』があるなと思って(笑)。その流れで『きのこの山』でもつくったら今度は『アポロ』も挟んだらいいんじゃないかっていわれて、つくっちゃいました」
そもそもなぜ、サンドイッチのメニューはこのような突き抜けた変化を遂げたのでしょうか。
「20年以上前になりますかね。近くにいわゆる大手コンビニチェーンができて、売り上げが一時がくんと落ちてしまって。それで、お客さんが来るのをただ待っているだけじゃダメだと思って、僕が調理師免許をとって手づくりのお弁当や食品づくりを始めたんです」
そこから数年後、お店のSNSを開設した敬吾さんがサンドイッチの変わり種メニューを投稿したところ、次々と拡散されていき瞬く間に話題に(ちなみに第1弾は「ベビースターラーメン」だったそう)。
どこまでも自由な発想から生み出される商品を眺めていると、立山サンダーバードにおける「食」とは、エンターテインメントでありコミュニケーションでもあるということを実感。
「ここまでいろんなメニューができたのは、前にやっていたお弁当づくりのおかげかもしれません。それにうちではお菓子とかも売っているので、とりあえずいろんなものを挟んでみよう! っていうのが僕の考えなんですけど、普通の感覚とはだいぶズレてるんだろうなあ。そこをおもしろがってくれる人たちがいてくれたおかげでやってこれたっていうのはありますね」
ジビエおにぎり、ご当地サイダー、カップ麺。マニアックな食の世界へようこそ
続いて、ジビエ多めの具材が話題の手づくりおにぎりコーナー。サンドイッチのコンセプトとは異なるものの、おにぎりもバラエティに富んでいます。
ラップで包んだおにぎりに貼られたシールには、くま、わに、うさぎ、とだけ書かれていて、いったいどんな味なんだろう……? と期待と不安が入り混じった気持ちに。おにぎり棚の商品札を見るとこんな説明がありました。
“富山県産100%コシヒカリのおいしいお米とおいしいお水で作っています。くま肉のねぎ醤油味!”
“噂の珍味ワニ肉!あっさりした肉質に後引く美味。醤油ガーリックペッパー味です”
ようやく味のイメージが浮かんだところで実際にいただいてみると、香味野菜と醤油ベースの味つけで想像以上に食べやすい味。同時にちゃんと肉本来の味も感じられます。
「ジビエおにぎりをやろうと思ったのは、お客さんで猟師をやられてる方がいて、いろいろ教えてくれたからです。今は来年の春に向けて変わり種メニューを試作中です。つくってみたい食材を見つけると、もう待てんようになるんですわ(笑)」
念のため書いておくと、定番の具材もあるので、初めはノーマルなものをチョイスし、次回以降にジビエにトライするのも良さそうです。ただここは、普通のコンビニとは違う、立山にしか存在しないローカルコンビニ。せっかく訪れるなら、ちょっと冒険するつもりで楽しんでみるのもおすすめです。案外、ハマってしまうかもしれません。
ご当地サイダーやカップラーメン、輸入タバコといった商品棚を見るとわかる通り、得意とするセレクトは「一点特化型」。納得するまで集めないと気が済まない、コレクター気質なのだとか。それに加えてサンドイッチやおにぎり、オリジナルグッズにも通じるのは、ひとつのテーマや目的を決めるととことん掘り下げたくなる性格からきているのでしょう。
普通のものよりも、珍しくて変わっているもの。この考え方は、立山サンダーバードというお店づくりに欠かせません。もうひとつ大切にしているのは、お店を訪れたさまざまなお客さんから寄せられる声。
「うちは誰もタバコを吸わないもんで、タバコのコーナーもお客さんから『手巻きタバコを置いてほしい』っていわれたのがきっかけなんですわ。そこからどんどん増えていっています。あとはやっぱり観光の人も多いから、富山のものとかも置いたり、逆に地元の人たちが楽しめるようなのを置いたりとかですね」
「ついでに寄って行こう」だけでなく「わざわざ行きたくなる」コンビニへ
立山サンダーバードへのアクセスは、車以外に電車も可能。最寄り駅は富山地方鉄道立山線の「横江」というレトロな無人駅で、お店までは歩いて5分ほどです。県外からの場合、富山駅からローカル線に乗り、車窓からの景色を楽しみながら向かうのもひとつの楽しみ方。いつもの交通手段を変えるだけでも、ちょっとした非日常を味わえるかもしれません。
敬吾さんの父・伊藤敬一さんが家族と共にお店を開業したのは27年前。滑川市出身の敬一さんはもともと富山や愛知でサラリーマンとして働き、山が好きだということもあり、独立後は立山連峰の麓であるこの地にお店を構えました。
若い頃はアメリカに留学をしていたこともあるそうで、当時訪れたアラスカ旅行中に、登山家であり冒険家の植村直己さんと偶然出会い、宿泊場所や食事を提供していたのだそうです。店内には植村さんからの手書きのメッセージや新聞記事が飾られていて、熱心に読んでいくお客さんも多いのだとか。
多くの人を引き付ける理由は、コンビニでありながらも個性溢れる品揃えと創造性に富んだお店づくり。
どこにでもあるものではなく、ここでしか買えない商品。思わず突っ込んでしまうような異色メニューの数々。コミュニケーションを求めてお店にやってくる人が多いのも、家族経営のお店でしか得られない魅力があるからこそ。その"偏っている”けれども真っ直ぐな表現に多くの人が心つかまれ、引き寄せられてしまうのです。
Information 立山サンダーバード
address:富山県中新川郡立山町横江6-1
tel:076-483-3331
access:富山地方鉄道立山線「横江駅」より徒歩5分。北陸自動車道「立山IC」より車で約15分
営業時間:6:00~18:00
定休日:年中無休
credit text:井上春香 photo:石阪大輔
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