歌手であり、チーズ職人。〈Y&Co.〉吉田朋美さんがつくる黒部のヤギチーズ
記事公開日:2024.09.18
歌をうたい、チーズをつくる日々 “半農半芸”スタイルの10年間
「ヤギのミルクでチーズをつくりたいから、チーズ職人になってほしい」
父からのひと言がきっかけで人生が大きく変わったと話すのは、歌手活動のかたわらヤギチーズ専門店〈Y&Co.〉のチーズ職人として働く吉田朋美さん。黒部市内にある牧場の一角で、80頭のヤギを飼育しながらチーズをつくっています。
いわゆる“半農半芸”スタイルで活動している朋美さんは、取材当日も早朝から工房で作業し、午後はラジオ番組の仕事へ。そんな朋美さんがつくるチーズは、国内外のチーズコンクールで数々の賞を受賞。ミシュラン星付きレストランやリゾートホテルからの注文も多く、「黒部のヤギチーズ」として世界中から注目されています。
そもそもなぜ、この地でヤギのチーズをつくることになったのでしょうか。そこには祖父の思いを受け継いだ、父の夢がありました。
「ある日突然、父からヤギのチーズをつくりたいっていわれたときは、この人とは目を合わせちゃダメだと思いました(笑)。急に何をいい出すんだろうっていう感じで、そのときはまったくピンと来ていなかったですね。ただ、よくよく話を聞いてみると、そこに至るまでの経緯や思いがあったんです」
朋美さんの祖父は、世界屈指のファスナーメーカー〈YKK〉グループの創業者、吉田忠雄さん。晩年、故郷である黒部で農業を始めたいと考え、良質なものを適正価格で販売することで、生産者にきちんと利益が行き渡るような事業のかたちを目指していました。そこで忠雄さんが叶えられなかった夢を受け継いだのは、息子であり朋美さんの父、YKK前会長の忠裕さん。
「祖父も父も、衣食住が豊かであれば、人は幸せに暮らせるんじゃないかという考えを持っていました。ちなみにYKKのファスナーは『衣』、〈YKKap〉の窓やサッシは『住』にまつわるもの。次は『食』だということで考えたのが、酪農でありチーズだったみたいです。そんな背景や家族の思いを知るうちに、私のなかでも考えが変わっていったのと、東京を離れても音楽の仕事はできると思って、半年ぐらいかけてやってみようという気持ちを固めていきました」
とはいうものの、朋美さんの人生にとって大きな転機でもあったはず。どのようにして、この道に進むことを決意したのでしょうか。
「私は小さい頃から音楽に親しんでいて、高校時代は英語の演劇部に入ってミュージカルに出たりもしていました。その後はアメリカの音楽大学に進学し、卒業後は歌手活動とアルバイトをかけ持ちしていたのですが、30代に入ってからは『このままでいいのか?』と、今後の人生を考える機会が多くなっていました。そんなときに父からチーズづくりの話があったので、自分のなかでもいろんなタイミングと重なり、心機一転したいという気持ちがあったのかもしれません」
ところが朋美さん自身、それまでヤギのチーズを食べたことが一度もありませんでした。そこで、まずは北海道あたりでチーズづくりの勉強と修行をしようと考えていたところ、父・忠裕さんからこんな発言が。
「世界中のどこへ修行に行ってもいいから、胸を張って出せるものをつくってほしい。日本はもちろん、世界で通用するヤギのチーズを目指したい」
奥深く多様なチーズの世界とヤギチーズという食の選択肢
チーズのなかでもヤギにこだわるのは、理由があります。それは、料理好きでもある忠裕さんが、出張でヨーロッパを訪れたときに感じたことでした。
「父がよく話していたのは、海外のスーパーに行くと、チーズやバターの売り場には牛だけじゃなくて当たり前のようにヤギも並んでいて、ミルクだっていろいろあるということ。ヤギのミルクは栄養価にもすぐれているし、消化吸収も早いので、健康志向の人はもちろんアスリート、そして赤ちゃんやお年寄りにもいいもの。それなのに、日本ではまだまだ選択肢として少ないということでした」
ヤギのミルクを飲んでみると、多くの人がイメージするクセのようなものは一切感じられず、さらりとした飲み口と澄み渡るような味わい。牛乳よりもあっさりとした後味で、ヤギミルクを好む人もいるでしょう。
〈Y&Co.〉のヤギチーズはヤギのミルクと富山湾の海洋深層水からつくられる塩。そして、標高3000メートルの立山連峰がもたらす豊かな水。そのほかは無添加。シンプルであるからこそ、素材の質がダイレクトにチーズへと反映されます。
代表的なものは「カプリーノ」というソフトタイプで、一般的にシェーブルチーズといわれるもの。セミハードタイプの「ラ・カプラ」は、5キロほどの大きな玉に形成したあとに海洋深層水に漬け込み、塩味を入れていくというつくり方が特徴です。
チーズづくりの修行先を決めるにあたり、東京で手に入る限りのヤギのチーズを取り寄せては食べ比べをし、味や香りを何度も確かめるといったリサーチを何度も行っていた朋美さん。
「フランスだと、比較的短時間熟成で、深めの赤ワインと合わせるようなしっかりとした味のチーズが多かったりしますし、イタリアのように料理にチーズをたくさん使うところでは塩味の余白があるもの、味が強すぎないものをつくっています。ひと言でヤギのチーズといっても本当にいろんな種類がありましたね」
地元の食材と一緒に料理にも使ってもらうなら、チーズもイタリア系がいいだろうと考えた朋美さんは、自らが食べておいしいと思ったヤギチーズのつくり手に会うべく、イタリア・ロンバルディア州へ。師匠のグアルベルト・マルティーニ氏に教えてもらっては帰国し、黒部の工房で試作したものを持参して師匠の元へ出向くといったかたちで2年間通い続け、チーズづくりの技術を身につけました。
師匠からの薦めもあり、2015年にイタリアで開催されたヤギチーズ・ヨーグルトの世界大会に出品し、アジアの工房では初となる最高賞を受賞。「黒部のヤギチーズ」の名を世界に轟かせたのでした。
「チーズづくりの工程そのものは、どの工房でもそこまで大きく変わらないと思います。ただ、ヤギの飼育から加工まで一貫して同じ場所で行っているところは多くありません。私たちは毎月ミルクの乳質検査を一頭ずつ行い、全頭のヤギの状態を把握しています」
黒部市内でも、この場所であることに意味がありました。「ミネラル分を多く含んだ潮風が牧草に当たり、それをヤギが食べるから、海の近くで育ったヤギのミルクはおいしくなる」と、牧場を視察で訪れたイタリアのチーズ協会の関係者が教えてくれたといいます。
一方、まだまだ国内ではヤギ専門の牧場が多いとはいえず、兼業している酪農家も少なくないのが現状。その背景にあるのはやはり経済的な理由で、1頭のヤギから1日にとれるミルクの量が少ないことや、1年のうちの約半年という限られた期間でしか搾乳ができないことなどが挙げられます。
「牛の場合は通年で1日に約20キロとれるのに対し、ヤギの場合は最大でも2キロ。乳量が少ないことと搾乳期間が限られているのがネックになりますね。それゆえに価格がどうしても上がってしまいます。日本でのヤギチーズの認知やシェアが広がっていけば、生産者やつくり手がもっと増えていくかもしれません」
自分の大切なものは手放さなくていい。土地とつながりながら働くこと、暮らすこと
神奈川の湘南から富山の黒部市に移り住んでからは、人間本来の「原始的な強さ」のようなものが身についたと話す朋美さん。例えば富山の冬は、朝起きて雪かきをしなければ仕事にも行けず、1日が始まらない。自然が相手だとどうにもならないことがあるということを強く感じたそうです。
「こっちにきてすぐの頃は、仕事場に着いたらまず山を見て、海を見て、家に帰る前も同じように眺めながら、この風景に感動していましたね。今はもう、だいぶ慣れちゃいましたけど(笑)。それに田舎とはいえ、ほしいものは手に入るし会いたい人にも会える。生活するぶんには何の不自由も感じていません」
東京や神奈川時代に出会った人たちとの関係性も途切れることはなく、大切な人たちとはより太く深いつながりができたように感じているとのこと。
「音楽関係の仲間はツアーで各地を回っていたりするので、私が富山でチーズをつくっているのを思い出して立ち寄ってくれることもあるんです。各地のレストランの方々もそうですし、シェフの紹介で海外から訪ねてきてくださる方もいらっしゃいます。ここにいてもいろいろな人たちが会いにきてくれる。本当にありがたいことです」
チーズのつくり手である朋美さんにとって、すぐれた料理人が身近にいるというのも恵まれた環境。それが、富山の奥懐・利賀村のオーベルジュ〈L'évo(レヴォ)〉の谷口英司シェフの存在でした。
「谷口シェフが富山にいらしたことで、生産者の意識も大きく変わったと思います。生産者同士が会う機会って普段なかなかないんですけど、そういう場を設けてくださったりとか。横のつながりがあるっていうのは、私たちにとってすごく励みにもなるんです」
「ヤギのバターをつくれないか? という提案をいただいたこともあります。また『生後間もない子ヤギの肉は、日本中を探してもなかなか手に入らない。絶対にやるべきだと思う』とアドバイスをいただいて、オスのヤギをお肉として提供するようになったんです」
餌を食べる前のミルクしか飲んでいない状態の子ヤギの肉はピンク色で柔らかく、食べるとミルクの香りが広がるのだとか。ヤギは牛などに比べ体が小さいぶん、食べたものによっても肉の味が変化するのだそう。
“半農半芸”スタイルで、チーズ職人と歌手を両立してきた朋美さん。食と音楽という異なる分野で、それぞれの共通点はあるのでしょうか。
「自分がいいと思ったものをとことん突き詰めて、できあがったものをみなさんや世の中に提案する部分については同じです。いかにして情熱を注げるかということや、もっといいものをつくろうとする貪欲さやストイックさのようなものであったりとか。自分が信じる『これだ』と思うところに向かう姿勢っていうのは、変わらないんじゃないかなと思います」
チーズづくりが朋美さんの音楽に作用している部分は大きく、あるとき歌の師匠からかけられた言葉が今でも印象に残っているそう。
「『きれいごとじゃなくて、泥臭く生きるっていうことを学んでからのあなたの歌は、明らかに変わったと思う。富山で酪農とチーズづくりをしながら、汗をかいて必死に生きている人っていうのが出てきたね』と。チーズづくりがハードだと、疲れすぎて声が出ないこともあるんですけど」
そういって朋美さんは笑いますが、歌手活動に関しては、続けることが自身にとっての一番の意義であり目標だともいいます。
食べ物にしても音楽にしても、誰かの日常の豊かさに少しでもつながるものをつくりたい。黒部という土地で、職人と歌手というふたつの肩書きを持つ朋美さんが生み出す、ヤギのチーズと歌。それらはあらゆる人にとっての糧であり、心の栄養にもつながっていくはずです。
Information ヤギチーズ専門店 Y&Co.(ワイ アンド コー)
address:富山県黒部市宇奈月町栃屋字広谷4 Y&Co.チーズ加工舎
tel:0765-32-5165
credit text:井上春香 photo:日野敦友
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