「古いものは捨てる」を改める。アップサイクル家具を生む〈家’s〉の挑戦-1
背景の山のシルエット

「古いものは捨てる」を改める。
アップサイクル家具を生む〈家’s〉の挑戦

記事公開日:2023.11.08

使われなくなったタンスとの出合いが人生を変えた

  • 使われなくなったタンスとの出合いが人生を変えた-0

    家’sの事務所に置かれていた、天板と背面にアクリルをはめこんだタンス。

「old × new = The new」。古いものに新しいものを掛け合わせることで、真に新しいものが生まれる。この言葉が〈家’s〉のミッションです。

タンスとアクリルを掛け合わせ、まったく新たなインテリアとしての価値を生み出すブランド〈P/OP(tansu × acrylic)〉や、木彫りの熊とアートを掛け合わせたアップサイクルプロジェクト〈Re-Bear Project〉などでそのミッションを体現し、さらにホテルのリノベーションや施設のリニューアルプロジェクトのプロデュースなど、さまざまな“The new”な活動を行っています。今では東京や海外の感度の高い人々からも注目を集めています。

  • -0

    伊藤さんがかつて営んでいたゲストハウス。ここから家’sの歴史は始まりました。

創業者であり、代表取締役である伊藤昌徳さんが家’sを設立したのは2017年。最初は今のようなアップサイクル事業を行う会社ではありませんでした。北海道出身で、大学卒業後は東京で働いていて、家’sを起業するまで富山を訪れたこともなかったそうです。

もともと起業意識が高く、地方に興味のあった伊藤さんに、知人が富山の空き古民家を紹介してくれ、そこで初めて富山を訪れ起業を決意。その古民家を改装し、当初は1棟貸しのゲストハウスの運営を行なっていました。

「でも全然食えなくて。なにかビジネスを見つけなくちゃと思って、いろいろ模索しているときに、タンスに出合ったんです」

  • -0

    大学時代に国際経営学を学んでいた伊藤さん。ゼミの教授から「外貨を稼げ」「人と違うことをしろ」と教えられていたそうです。

タンスとの運命的な出合いは、近所のおじいさん、おばあさんから「使わなくなったタンスをどうにかしてもらえないか」と相談されたことでした。

「そのタンスを見たときに、めちゃくちゃかっこいいと思えたんです。でも同時に疑問も芽生えてきました。昔はものすごく価値の高かったタンスが、今ではほぼ価値がないものとされ、廃棄するにもお金がかかる状態になっている。それはおかしいと。そこからタンスを生かして何かできないか、試行錯誤する日々が始まりました」

試行錯誤の末辿り着いた、タンス×アクリル

伊藤さんが“試行錯誤”と表現したように、使われなくなったタンスをどのようにビジネスとして活用するか、数年は悪戦苦闘の日々が続きました。

日本では今、空き家問題が深刻になっています。1998年から2018年の間に空き家の総数は1.5倍に増加しており、世帯数についても2023年以降に減少に転じる見込みとなっています(出典:国土交通省「空き家政策の現状と課題及び 検討の方向性」)。つまり、これからさらに空き家の数は増えていくことが予想されているのです。当然空き家に残されて、使える状態のまま処分される家具も増えていくはず。

  • -0

    古民家を改装した家’sの事務所。タンスのアクリルに合わせたピンクのライトなど、至る所にこだわりが込められています。

この日本の状況を改善させることができないか。最初に、タンスを普通に修理して販売することを考えました。しかし、これは思ったような結果を得られず。東京の建築会社やデザイン会社に修理したタンスを使ってもらえないか100軒以上回っても、ほとんど興味を示されなかったということです。

「やはり使わなくなったから、タンスを破棄しようとみんな考えるわけなので。普通に修理しても、そこにはニーズはなかったんです」

それならばと、アーティストとコラボし、修理したタンスに絵を描いてもらいました。まるでタンスとは思えない、新たな価値を手にしたタンスが誕生しましたが、そこでは新たに「流通」の問題が生じたということです。

「アーティストとのコラボレーションというかたちになると、どうしても価格がすごく高くなってしまって、なかなか流通しないものになってしまいます。それではアップサイクルの循環が、空き家の増加や家具の廃棄のスピードに到底間に合いません」

  • -0

    自らタンスに漆を塗ってみたり、さまざまなトライを重ねてきたそうです。

迷いのなか、伊藤さんはロンドンへと旅立ちました。タンスが日本で売れないなら、海外ではどうかと思ったのです。その営業が活路となります。現地の人々の思いがけない反応を目にするのです。

「みんなタンスの『軽さ』に驚くんです。いいタンスには桐という木材が使われているのですが、桐はとても軽いのが特徴。海外だと、いい家具は逆に重くなるものなので、おもしろがってもらえたんです」

タンスの「軽さ」に注目した伊藤さんが“現代の桐”として目をつけた素材が「アクリル」でした。

「桐とは相反するイメージのものを当て込むのが、すごくおもしろいと思い、桐が古くなってボロボロになっていた箇所に、ビビッドなカラーのアクリル板を入れました。アクリルなら軽いし、加工しやすい。強度を保ち、価格の上昇は抑えたまま、タンスの印象をガラリと変えることができました」

  • -0

    このタンスでは天板にもアクリルを用いていますが、基本的には壊れやすい背面のみアクリルに替えています。

使われなくなったタンスを最小限の修理と加工で、まったく違う価値をもたらすことに成功したこのプロダクト。昨年、〈P/OP(tansu × acrylic)〉という名でブランドとしてローンチしました。

富山県内から集めてきたタンスが、東京やロンドン、韓国など各地でPOP UPイベントを行ない、世界にまで広がっています。最初にタンスと出合ってからブランドがローンチするまで、3年の月日が経っていました。

「最初はビジネスのために、使われないタンスをどうにかできないかと考えていました。でも3年間毎日タンスのことを考えているうちに、タンスの本当の良さに気づくようになっていきました。日本の伝統的な家具とは何かといわれたら、やはりタンスだと思います。今ではすごく愛着もあって、次世代に残さなきゃいけないものだと本気で思っています」

木彫りの熊にアートの力をかけ合わせ、新たな命を吹き込む

さらに家’sでは、タンスだけでなく、木彫りの熊のアップサイクルプロジェクト〈Re-Bear Project〉も行っています。Re-Bear Projectを始めたのは2020年のコロナ禍でした。

「当時タンスのアップサイクル事業も、飲食店やホテルに卸したりして徐々に仕事をとれるようになっていましたが、新型コロナウイルスの影響でそれもすべてなくなってしまい、また会社が厳しい状況に陥りました。そこで次は、ずっと心のなかにあった木彫りの熊で何かできないかなと思ったんです」

  • -0

    家’sの事務所に置かれていた木彫りの熊。

北海道出身の伊藤さんにとって、木彫りの熊はどこか地元を感じさせる特別な存在でした。

木彫りの熊は、今から100年ほど前、冬の厳しい農閑期の間の収入源として北海道でつくられ始めたもの。昭和40年代の北海道観光ブームで人気の土産物となり、全国の家庭に置かれるようになりました。しかし、時代の流れとともに北海道の土産物の主役が海産物や菓子類に取って代わり、さらに生活様式の変化も相まって、木彫りの熊は次第に家のなかで“眠る”存在へと追いやられていきました。そうした木彫りの熊を救おうと考えたのです。

「コロナ禍の厳しい状況と、木彫りの熊が始まった歴史的背景を重ねて、今このときにできることをやろうと。タンスを引き取りに行ったとき、木彫りの熊がないか尋ねてみると、埃を被って放置されているものが意外とあるんですよ。そういったものを譲り受けて、もう一度、家のリビングに飾りたくなるように、『アート』の力をかけ合わせてみようと思ったんです」

  • -0

    事務所に並べられていた本のなかには、『熊彫図鑑』も。

こうして始まったRe-Bear Project。伊藤さんは引き取った木彫りの熊にまったく新しい価値を付与しようと考え、アーティストとコラボレーションし、忘れられていた木彫りの熊をアップサイクルしていきました。

「この人が手がけた木彫りの熊を買ってみたい、そう思えるアーティストさんに声をかけさせてもらっています。最初は5人からスタートしたプロジェクトも、どんどん広がっていき、これまで70体ほどのコラボレーション熊が生まれました。みなさんおもしろがって取り組んでくれて、どれも魅力的なものに仕上がっています」

ドライフラワーを活けたものや、ラメやラインストーンで装飾し質感がガラッと変わったもの、一度バラバラに分解しオブジェとして再構築したものなど、多種多様な木彫りの熊がこれまで誕生しています。

  • -0

    Re-Bear by toetiee 13万2千円 ※商品はすべて1点ものにつき、完売の可能性があります(写真提供:Re-Bear Project)

  • -0

    Re-Bear by Tsukino Kaeru 17万6千円(写真提供:Re-Bear Project)

  • -0

    Re-Bear by Taku Nishimura 13万2千円(写真提供:Re-Bear Project)

与えられた素材は同じなのに、アーティストの自由な解釈でここまで幅広い作品が生まれていく。アートの可能性を、このプロジェクトからはひしひしと感じます。

「熊とわかる部分をどこかに残してください、僕からおねがいすることはそれだけ。あとは何をやってもOK。依頼したあとはとやかく言わないですし、アーティストも完成した後に写真を送ってくれる人ばかりではありません。木彫りの熊が箱で送られてきて、それを開けるときが作品との初対面となることが多いんです。箱を開けるときが一番ワクワクしますよ」

これらの熊はオンラインストアや全国各地のPOP UPイベントで、展示・販売をしています。その売り上げの一部は木彫りの熊発祥の地とされている北海道八雲町に寄付され、八雲町の木彫りの熊の文化を守る活動に役立てられています。

  • -0

    アーティストとの交流を続けていくなかで、自らもアートの世界にハマるようになっていた伊藤さん。アート作品を購入するようになったといいます。

「Re-Bear Projectでは、極力作家ものの木彫りの熊は使わずに、大量生産ものの木彫りの熊を活用しています。この活動によって、作家ものの木彫りの熊も売れるようになることが理想です」

かつて大量につくられ、今では放置される存在になってしまった木彫りの熊に焦点を当てたRe-Bear Project。そして今、少しずつ木彫りの熊ブームが起こっています。八雲町でも、最盛期の数にはさすがに及びませんが、木彫りの熊の現代作家さんが何名か活躍しているということです。

Re-Bear Projectがひとつの起点となり、木彫りの熊をめぐる循環の輪は確実に今大きくなっているように感じられます。

今こそ、捨てられてしまうモノの価値を見直すとき

伊藤さんにとって、印象深い光景があります。それは空き家に残されたタンスなどの古い家具に出合い、どうビジネスの活路を見つけようか、もがいていた時期でした。たまたまゴミの最終処分場を見学する機会があったそうです。目の前に広がっていたのは、ものすごい量のゴミ。“ゴミの谷ができていた”。そこで自らのなすべきことを改めて考えたといいます。

「最初はゴミの問題に対してもそこまで深く考えてなかったのですが、ゴミの景色を見せてもらったときに、本当にもったいないと思いました。燃やせないものは、質のいいものもまだ使えるものも全部埋め立てられてしまう。その一方、安いものがどんどんつくられて僕らはそれを買っていく。それでいいんだっけ? と思ったんです」

  • -0

    高岡市福岡町の県道266号線沿いに事務所を構える家’s。このあたりは江戸時代に菅笠問屋で栄えた。

日本の社会構造を考えると、これらの課題はもう待ったナシです。

「日本全国でものすごい勢いで空き家は増えていますし、同時に大量の家具や道具も捨てられています。団塊の世代の方々も終活を始めています。多分あと10〜15年くらいで昔の日本のいいものがほとんど全部捨てられてしまうのではないか、そういう危機感もあります。使われなくなって、捨てられてしまうだけのものの価値をもう一度見直して、再利用やアップサイクルで循環させていく仕組みをスピード感をもって整えないといけない。そのためには、今は富山でやっていますけど、北陸や全国にまで広げていきたいです」

  • -0

    次のブランドの構想を語る伊藤さん。「掛け軸」で何かできないかと考えているそうです。

古き良きものが、その価値を顧みられることなく、どんどん捨てられ、壊される。そして必要以上の新しいものが生まれていく。「サステナブル」が謳われる社会の裏側で、確実にそれに反した営みが今もまだ繰り返されています。そこに「待った」をかけられるか、伊藤さんの挑戦はこれからも続きます。

「今はいいものを生み出すことに注力しています。生み出された商品の価値が適切に発信されれば、自然と流通する数は増えていき、循環の輪は大きくなっていく。その輪をできる限り大きくしていきたいです」

自然といいなと思って手に取ったものが、アップサイクル商品だった、それが理想です。 富山から日本全国へ。伊藤さんが見据える未来は大きく、しかし切迫しています。これからの日本社会がより豊かになるうえで、最前線の闘いの場に〈家’s〉はいるのです。

Information コロカル

※日本のさまざまな場所とつながり、新しい日本の魅力を発見するウェブマガジン『コロカル』では、〈家's〉代表取締役の伊藤昌徳さんがプロジェクトメンバーとして参画する“家具の循環を体感できる”複合施設〈トトン〉を紹介しています。こちらもご覧ください。

credit text:平木理平 photo:朝岡英輔


この記事をポスト&シェアする


背景の山のシルエット

Next feature article

次に読みたい記事

TOYAMA
Offical Site

富山県の公式サイト