眠っていた仏具に〈#SilenceLAB〉が命を吹き込む。香炉からつくられた植木鉢〈わびさびポット®〉-1
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眠っていた仏具に〈#SilenceLAB〉が命を吹き込む。香炉からつくられた植木鉢〈わびさびポット®〉

記事公開日:2024.03.22

時代とともに変わる仏壇・仏具のスタイル

かつての日本では、多くの家で「仏間」に大きな仏壇が置かれ、さまざまな模様が施された仏具が所狭しと並べられていたのです。しかし現在では、生活スタイルや住宅の変化にともない、家具調の仏壇や小型の仏壇が主流になり、仏具もモダンでスッキリとしたものが人気になっています。

国内の金物仏具製造シェア9割を超える高岡市で仏具問屋〈ハシモト清〉を営む橋本卓尚さんは、そうした仏具業界の過渡期にあたる2009年、勤めていた電機メーカーから家業に戻ってきました。もともとは家業を継ぐつもりはなかったと語る橋本さんですが、家業に戻ってからは新商品の開発に力を入れるようになります。

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    〈ハシモト清〉代表取締役社長、橋本卓尚さん。

「時代が変わっていくなかで、従来のまま仏具を売ってもダメだと思ったんです」

仏壇や墓を持たない家庭も増え、「手元供養」も一般的なものになりつつあるなかで、大切な遺骨を身近に置くことができる「ミニ骨壷」を開発。蓋を外すとぐい呑みかのように見えるそのシンプルでかわいらしいデザインは、先細りするばかりの仏具業界でヒット商品となり、新規の取引先も開拓できたそうです。

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    現在の仏具はシンプルなデザインでミニマルなものが主流。右の卵型の仏具がハシモト清のヒット商品「ミニ骨壷」。

大量の仏具のデッドストックが会社の倉庫に眠っていた

しかしそうした需要の変化に対応し、新たなスタイルの仏具を生み出す一方で、ある問題に橋本さんは頭を悩ませていました。それは売れ残った大量の仏具。〈ハシモト清〉本社屋の2階の倉庫には、もうほとんど売れる可能性のない仏具が大量に眠っていたのです。なかには40年前の初代の頃につくられた仏具が、当時の新聞紙に包まれたまま保管されていました。

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    〈ハシモト清〉の2階倉庫。デッドストックとなった仏具が数多くあるが、以前はもっと大量にあったという。

そもそも仏具というのは種類が多岐にわたります。宗派や地域によっても違いがあるし、当然仏壇の大きさによっても変わってきます。さらに主に真鍮でつくられた仏具は超耐久商品です。買い替えることは稀。時代の流れで仏具のスタイルも変わっている今、かつてつくられた仏具が売れることはほとんどありません。

「浅草寺に置かれているような寺院向けの大きな仏具なんかもありました。そんなのは売れる可能性はほとんどありませんよね。本当は売りたいんですけど、10年、20年眠りっぱなしの仏具をずっと倉庫に置いていても仕方ないんです」

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まず始めたのはデッドストックとなった仏具を廃棄して溶かし、原材料として地金に戻すこと。資源の再利用という観点から見ればそれだけでも意味のあることですが、ある日、橋本さんは1枚の写真を見て衝撃を受けます。

「高岡の商工会議所に所属している知り合いのデザイナーさんから1枚の写真を見せてもらったんです。そこには松を植えた仏具の香炉が写っていました。自分が今まで廃棄していた仏具が、とてもカッコいい植木鉢として活用されていたことが衝撃でした」

そのデザイナーは、高岡市で活動するグラフィックデザイナーのカイジュウインクさん。同級生の仏具の職人から「何か新しいものがつくれないか?」と相談を受け、そして訪れた工房で見つけた香炉を見て、植物を植えるアイデアを思いついたそうです。その写真を見た橋本さんは、会社の大量のデッドストックを生かせるのではないかと考え、カイジュウインクさんや職人さんと協力し、仏具の新たな魅力を伝えるプロジェクト〈#SilenceLAB〉を2020年に立ち上げました。

変わりゆく時間に価値を見出す〈わびさびポット®〉の魅力

〈#SilenceLAB〉の第1弾商品として、カイジュウインクさんのアイデアを元に植物の器にした香炉〈わびさびポット®〉を開発。植物を植えるために底に穴を開けたほか、職人が新たに着色加工を施すことで、普通の香炉とは異なる魅力を纏ったその器は、いわば過去と現代の職人の“共同制作”により生み出されたものでもありました。

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    左/わびさびポット® 蓮釈迦 青藍 3.5寸(27500円) 右/わびさびポット® 孔雀耳付香炉 鍋長色 4寸(16500円) ※オンラインストアでは器だけの販売。問い合わせすれば植物込みでも購入できる。

こうして〈#SilenceLAB〉の活動が本格的に始まりましたが、開発当初に大きな事件が起こったといいます。

「実は最初は〈わびさびポット®〉という名前ではなく、単純に〈仏具鉢〉という名前をつけていたんです。反応を確かめようとインスタグラムで紹介したら、一般の方から全日本宗教用具組合にクレームが届いたんです」

そのクレームとは「仏具を植木鉢として使うことはけしからん」といった内容のものだったそう。それが全日本宗教用具組合の理事会の検討議題になってしまいました。理事会への出席要請のメールを受け取ったとき、橋本さんは「終わったな」と思ったそうです。

「全日本宗教用具組合は日本で唯一の宗教用具業界の全国的組織なので、取引先の仏具店はすべて加盟しているんです。もし理事会で〈仏具鉢〉の取り組みは駄目だと言われ、今後は〈ハシモト清〉から仏具を買うなと言われたら、会社が終わってしまうと思ったんです。不安なことばかりが頭をよぎって、数日間落ち込みましたね」

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    植え替え前の植物と混在しているバックヤードの温室。

しかし、その理事会への呼び出しがある意味で“転機”になりました。理事会の役員に〈#SilenceLAB〉の取り組みを理解してもらうため、改めてなぜ香炉を植木鉢にするのかをじっくり考え直す時間ができたからです。

「はじめは会社にある大量のデッドストックを、ただ溶かすよりも新たなかたちで売れるようになれば会社の利益にもなる……という単純な思いで始めたことでした。でも改めて考えてみると、昔の仏具は細かい装飾まで本当に凝っていて、今の技術ではつくれないものが多いんです。かつての職人さんの思いと技術が詰まった仏具が世に出されずに溶かされるぐらいなら、違うマーケットに出してこの技術を伝え継いでいったほうがいい。むしろやらなければならないことなんじゃないかなと、決意のようなものが生まれました」

時代の流れに沿って、モダンでミニマルな仏具が主流になっていくうちに、昔のような細かい模様が施された仏具は売れなくなっていきました。売れないものは注文が入らなくなるので、職人も当然つくらなくなります。職人の数も減っています。こうして時代が経るごとにかつての技術は失われていってしまうのです。

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    廃棄される仏具。〈わびさびポット®〉に使われるのは主に香炉のため、それ以外の仏具は今も溶かして資源として再利用している。

このままでは技術は廃れ、職人の数は減っていく。その状況を変えるために〈#SilenceLAB〉の活動は何か意味のあるものになるかもしれない。そう活動意義を自覚した橋本さんのプレゼンは、同じ仏具を扱う者同士として全日本宗教用具組合の理事会にも納得してもらえました。しかし、〈仏具鉢〉という名前では勘違いしやすいので、名前と伝え方を改めることにします。発案者であるカイジュウインクさんやコピーライター、職人たちと一緒に考え、〈わびさびポット®〉と名付けました。

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「仏具の主な素材である真鍮は経年変化しやすい素材です。使いこむうちに朽ちていくこの器には、常にどこか寂しさを感じる部分があります。そして、その寂しさを共有する時間が積み重なるにつれて、空間や場所に器がどんどん馴染んでいく。時間がつくり出す情緒を感じられるこの器には『わびさび』という言葉がピッタリだと思いました」

確かに「時間の積み重ね」を感じる瞬間やものが最近少なくなってきました。特に都市部では、めまぐるしいスピードで変わるまち並みにどこか心許ない感情を覚えることがある人もいるのではないでしょうか。

「今の時代、ほしいと思ったら翌日にもう出来上がったりするものも多いですよね。でも職人さんたちの仕事を見ていたり、〈わびさびポット®〉に植えた植物の成長を見たりすると、時間というのは、一日にして成らないということを身をもって実感します。時間を感じ取れるものが身近にあるというのは、とても意味のあることだと思います」

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    わびさびポットをはじめてから、植物にハマり出した橋本さん。お気に入りの植物はアガベ。自宅のひと部屋は植物ルームになっているそう。

〈#SilenceLAB〉の活動が目指すもの

2021年には高岡市の〈芸文ギャラリー〉で『わびさびポット展』を開催、2022年には金沢市でも個展を開催するなど、積極的にイベントへの出展やPR活動を行ってきました。アートディレクターにカイジュウインクさんがいることで、さまざまなビジュアルもデザイン性の高いものに仕上がり、徐々に認知度も上昇。地元のテレビにも取り上げられる機会が増え、橋本さん扮する「ハシモトボタニカル」というキャラクターまで生まれました。

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    〈わびさびポット®〉から生まれたキャラクター(?)、ハシモトボタニカルをビックリマン風のステッカーに。〈#SilenceLAB〉の活動は細かいところにユーモアがあふれています。

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今年からは東京・渋谷の〈東急ハンズ〉でも取り扱われることになり、〈わびさびポット〉の名は全国に広がってきています。しかし橋本さんは認知を広めるだけで満足する気はないと語ります。

「最終的には、この〈わびさびポット®〉をきっかけに高岡に来てもらいたいと思っています。そして高岡の鋳物やそれを生み出す技術に興味を持ってもらって、何かをつくりたいと思う人が増えたら最高ですし、シンプルにもっと高岡を知ってもらいたいです。高岡は鋳物が盛んですが、おじいちゃんがひとりでやってる工場もあれば、〈能作〉さんみたいな大きいところもあっておもしろいですよ。〈#SilenceLAB〉でも鋳物工場をめぐるディープなツアーをできないかなと思っています」

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仏具をつくり続けるまちであるために。そのためには高岡というまちを知ってもらうことが重要だと橋本さんは考えます。〈わびさびポット®〉では主に香炉を活用しましたが、まだ大量の仏具のデッドストックが〈ハシモト清〉の倉庫に眠っています。〈わびさびポット®〉に次ぐ、第2、第3のプロダクトが生まれる可能性もありそうです。

高岡というまちを守るための取り組みが、今後どのように生まれていくのか。〈#SilenceLAB〉は未来の可能性に満ちています。

Information #SilenceLAB

address:富山県高岡市あわら町12番18号(株式会社ハシモト清)

credit text:平木理平 photo:朝岡英輔


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