日本の美意識と信仰が深くいきづくまち 在原みゆ紀が感じる民藝の聖地・福光
記事公開日:2024.12.06
在原みゆ紀さんが富山を訪れる旅も最終回。今回は南砺市の福光エリアを中心に城端にも足を延ばします。「民衆的工藝」の略で、日常使いの道具に「用の美」を見出した運動、民藝。その聖地といえば、島根や鳥取といったイメージを持つ人が多いかもしれませんが、柳宗悦や棟方志功ゆかりの地である南砺市・福光エリアにもはずせない名所が存在します。
歴史がありながらもアヴァンギャルドな寺院の〈光徳寺〉、棟方志功が暮らした住居や見ごたえのある作品を展示した〈福光美術館〉、さらには “泊まれる民藝館” として今年オープンした〈杜人舎〉など。先人たちの暮らしに思いを馳せながら、民藝の美意識や土徳の文化にふれる旅へ。
民芸品と蕎麦のおいしい関係。舌で味わう〈福助〉の手仕事
蕎麦が好きだという在原さんと最初にやってきたのは、砺波市の田園風景に佇む〈手打ち石臼挽き蕎麦 福助〉。歴史を感じさせる建物は、黒部市の山間部で養蚕場として使われていた古民家を移築したのだそうです。
天井が高く解放感のある店内には、店主・西村忠剛さんのご両親や祖父の代から買い集めてきたという民芸品や調度品の数々が並びます。幼い頃からこういったものが身近にある環境で育ったという西村さん。
「蕎麦もまた、民藝みたいなものじゃないですかね。昔の人が生み出してこれまでずっと続いてきた手仕事であり、日常の食として消費されてきたものというか。そういった側面にもつながるんじゃないかなと思います」
福助の蕎麦は「細挽きせいろ」と「玄挽き田舎」の2種類。在原さんが好きだという「玄挽き」は、蕎麦の実を殻ごと挽いているため、香ばしく野趣あふれる味わいが特徴です。また、出汁にこだわった「かえし(つゆ)」には本みりんを使い、かけとせいろの2種類をつくり分けています。
地元で栽培された玄蕎麦を、必要な量だけ前日に石臼挽きした自家製粉でつくる手間ひまかけた手打ち蕎麦は、西村さんの言葉どおり「民藝的」でもあると感じます。
古民家の情緒ある空間の中で、日本庭園を眺めながら蕎麦をいただく。職人の手仕事を目でも舌でも味わいながら、ゆったりと過ごす贅沢な時間です。
Information 手打ち石臼挽き蕎麦 福助
address:富山県砺波市林947-1
tel:0763-33-2770
営業時間:11:30〜14:30(14:00L.O.) ※蕎麦が売り切れ次第終了
定休日:月曜 ※祝日の場合は翌火曜
伝統的なのに型破り。ひらかれた民藝の寺〈光徳寺〉
次にやってきたのは、棟方志功(むなかた・しこう)とゆかりの深い寺院である〈光徳寺〉。「世界のムナカタ」として知られる国際的な芸術家・棟方志功は青森生まれ。その後、芸術活動の拠点を東京に移したものの、富山の南砺市・福光とはどのような関係があったのでしょうか。
光徳寺のいちばんの見どころといえば、やはり襖絵の「華厳松」。ある日、裏山を散策中だった棟方が激しい霊感をとらえ、寺に駆け戻るや一気に6枚もの襖に描き上げたという作品は、大胆で力強い筆致に圧倒されます。
この作品は「仏様が紙の中にすでに描いておいでくださる。それを仏様にいただいた手で、仏様に支えられて、あとをなぞるだけ」と語る棟方志功の言葉が表れています。
「先代の住職で私の祖父にあたる貫昭が、民藝運動に共感するひとりだったんです。棟方さんと貫昭は、戦時中に河井寛次郎さんを介して知り合って親交を深め、戦火を逃れた棟方1家6人が福光に疎開したのは昭和20年のことです。6年と8か月を光徳寺と福光の地で過ごされました」(光徳寺20世住職 髙坂道人さん)
光徳寺のもうひとつの見どころは、18世住職から蒐集された民藝運動の巨匠たちの作品や世界の民芸コレクション。これには在原さんも興味津々。
和室には、中国の李朝の壺から素朴なアフリカの木製ベッドやスツールが並び、日本の寺院にいることを忘れてしまうほど。異なる宗教や文化を超えたものたちが一堂に展示されているにもかかわらず、不思議と調和した空間が生まれています。
「こんなに世界じゅうのものがあるなんて新鮮。というかびっくりです。お寺じゃないみたい。敷地内にある大きな壺も、見ているだけで楽しいですよね。日本だけじゃなくて、アフリカや韓国のものも混ざっていると聞きました。しかも全部が住職のコレクションなんてすごいです」(在原さん)
この場所を訪れてみて感じたのは、型にはまらない自由さと、あらゆるものとの距離が「近い」ということ。また、民藝品とは民衆が日々用いる工芸品であることから、ものは生活の中で使われてこそ。光徳寺という寺院は、真なるもの、美なるものとは何かを教えてくれるような場所でもありました。
Information 躅飛山 光徳寺
address:富山県南砺市福光法林寺308
tel:0763-52-0943
開館時間:9:00〜17:00
休館日:火・水・木曜
版画家・棟方志功、日本画家・石崎光瑤。郷土ゆかりの作家を伝える〈福光美術館〉
光徳寺から車で5分とほど近い、緑と野鳥のさえずりに包まれた〈福光美術館〉。今年で30周年を迎える、森の中に佇む閑静な美術館です。
世界的な版画家の棟方志功(むなかた・しこう)と福光町(現南砺市)出身の日本画家の石崎光瑤(いしざき・こうよう)の作品を主に展示しており、年に6回ほど企画展も開催しています。
ジャンルの異なる2大作家の美術作品を深く鑑賞できるのも、この美術館の特徴であり大きな魅力です。
花鳥画の第一人者でもある石崎光瑤の「燦雨」や「寂光」、棟方志功が福光時代に制作した作品群は必見。なかでも「二菩薩釈迦十大弟子」は、第28回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1956年)で日本人初の国際版画大賞を受賞した作品としても有名です。
見ごたえのある貴重な作品だけではなく、棟方志功の「いいお顔」にも出会えます。フォトスポットがあるので、ここは来館記念に1枚ぜひ。
芸術への親しみ方はさまざま。作品に惹かれて入るも良し、アーティストや作家の性格や生い立ちへの興味から入るも良し。きっかけとなる入り口や自分との接点を見つけることこそが、楽しむための第一歩になるはずです。
また、美術館の分館として、福光で棟方が暮らした住居兼アトリエの〈鯉雨画斎〉を見ることができます。押入れの板戸には鯉や鯰、亀、鰻が、厠の天井や壁には仏や天女などがいたるところに描かれ、創作への抑えがたい意欲が伝わってきます。
「戦争から逃れてやってきた富山での生活は、素晴らしいものだったんですね。こうして実際に残っているものを見られるのは、すごく貴重だなあと思います」(在原さん)
そのほかにも、床の間に柳宗悦の書が飾られていたり、疎開時に東京から持参したという濱田庄司作の火鉢が置いてあったり。茶の間には、芹沢銈介の版画作品や河井寛次郎から新築祝いに送られた京風の神棚などが飾られ、民藝好きにとってもひじょうに魅力的な空間です。
Information 南砺市福光美術館
address:富山県南砺市法林寺2010
tel:0763-52-7576
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:火曜、冬季(12/1~1/3)、展示替期
“泊まれる民藝館”〈杜人舎〉で暮らしのなかにある「美」を問う
棟方志功の足跡を辿っていると、あらためて「民藝」とはどういうものか知りたい、土地との関わりを掘り下げてみたい、と思う人も多いのではないでしょうか。そこで、最後に南砺市の新たなカルチャースポットを訪れました。
550年もの歴史を持つ城端別院 善徳寺内にある〈杜人舎(もりとしゃ)〉は、“暮らしの糧をつくる 泊まれる民藝館” がコンセプトの複合施設。民藝運動の創始者である柳宗悦が富山を訪れた際、民藝思想の集大成となる論文『美の法門』を滞在しながら書き上げた場所が、この善徳寺でもあります。
研修道場は、柳宗悦の愛弟子である建築家の安川慶一によって設計されたことでも知られています。宿泊や研修以外にも利用でき、プロダクト論としてではなく、暮らしの哲学であり社会運動としての民藝を問い直す、集いの場としてもひらかれています。
柳宗悦らが提唱した「民藝」とは「民衆的工芸」を略した言葉であり、およそ100年以上前に生まれた美の概念につながるものでありました。1920年代当時の日本で近代化が進むなかで、生活のなかで用いられる手仕事のものに宿る美、すなわち「用の美」を通じて「美」を捉え直そうとしたのが民藝運動のはじまりです。
1940年代、富山の地を訪れた柳は、砺波地方の自然と共に生きる人々に出会い、この土地の精神風土を「ここには土徳がある」と表現しました。
「土徳(どとく)という言葉を説明するのはなかなか難しいですが、あえて一言でいうなら、土地の品格のようなものでしょうか。それは自然や文化であったり、食であり人であり、あらゆるところに宿っていると思います。
杜人舎には、泊まるだけでなくカフェやショップもありますし、さまざまな体験・研修プログラムもございます。地域の人々や訪れる人たちにとって、美しい暮らしの学び舎として、さまざまな暮らしの糧をつくる場として機能していけたらと思っています」(伊豆さん)
Information 杜人舎 Cafe&Shop
address:富山県南砺市城端405 城端別院善徳寺内
tel:0763-773-732
営業時間:ランチ11:00〜15:00、カフェ15:00〜17:00(16:30L.O.)、ショップ11:00〜17:00
定休日:月・火曜
「光徳寺の日本と世界の民芸品のコレクションのミックス感といい、棟方志功さんの住まいのいたるところに描かれた絵といい、まずは自分たちが楽しむことが民藝の魅力でもあるような気がしました。そうやって愛着を持ったものには、自然と大切にしようとする気持ちが生まれると思います。富山での旅を通じて、そんなことを感じましたね」(在原さん)
ものは暮らしのなかで使われてこそ、輝く瞬間があります。“古いものが好き” という在原さんのものに対する考え方と、民藝における「用の美」の価値観は、少なからず重なる部分があったようです。
また、人と自然によって育まれる「土徳」の文化にふれることは、現代において失われつつある大切なものを再確認させてくれるようでもありました。自分自身への小さな「問い」を携えて、赴くままに南砺市の福光や城端を旅してみてはいかがでしょうか。
Profile 在原みゆ紀
ファッションモデル。1998年生まれ、千葉県出身。メンズウェアをバランスよく取り入れたオリジナルな着こなしや明るく自然体な人柄が支持され男女問わずにファンを持つ。男性誌、女性誌、広告やブランドディレクションなど幅広く出演依頼が舞い込み、最近は国内にとどまらず韓国でも活動中。
credit text:井上春香 photo:松木宏祐 hair & make:ボヨン styling:中井彩乃
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