- posted 2025.09.22
氷見の拠点となるワイナリー〈SAYS FARM〉 老舗魚問屋がつくった「海のワイン」
記事公開日:2024.09.04
- posted 2025.09.22
やると決めたら、やる。「海の男」たちの熱量と心意気
富山の氷見といえば魚。お酒といえば日本酒。ワインづくりとは無縁だったこの地にワイナリーが生まれたのは今から13年前のこと。富山湾と立山連峰を一望できる、里山の小さな丘の上に〈SAYS FARM(セイズファーム)〉はあります。
テロワールという言葉をダイレクトに感じられるのが、SAYS FARMのワイン。さらに、寒ブリをはじめとした氷見の魚と合わせたときに最適なブドウの品種を選んでいます。そのとき獲れたものやつくられたものを、その土地で味わうことができるという、贅沢な食体験がここにあります。
敷地内にはワイナリーのほかショップ&ギャラリー、ワインとともに氷見の食材でつくる料理を味わえるレストラン〈KITCHEN〉や、1日1組限定のゲストハウス〈STAY〉があり、周囲は広大な森や畑に囲まれています。
そんな場所にしばし佇んでいると、聞こえてくるのは虫たちの声や鳥のさえずり。感じられるのは、澄んだ空気とおだやかな風、静かに流れる時間。自然とさまざまな生き物と、人々の営みがゆるやかに交差する風景を眺めていると、本来私たちが求めている心地良さとは何であるか、再認識させられるようでもありました。
SAYS FARMの母体は、富山の氷見で江戸時代から続く老舗魚問屋の〈釣屋(つりや)〉。仲卸業を中心に、食堂の経営や加工品なども手がけています。富山市の東岩瀬にいったことがある人や、日本酒やお酒好きの人であれば、どこかで「つりや」の干物や燻製、瓶詰めを目にしたことがあるかもしれません。
「ワイナリーをやろうと思う」。SAYS FARMは、「SAY」という名前のとおり、すべてはある男性の「ひとこと」から始まりました。発起人は釣 誠二さん。全国的に知られる氷見の寒ブリで冬場は賑わうが、それ以外に何か地域に貢献できることはないかと考えた結果、辿り着いたのが農業であり、ワインづくりでした。
そもそも、富山は雨も多く日照量も少ないため、果樹栽培に適した気候とはいえません。ゆえに、氷見においてワインづくりの知見は皆無といった状態。そんななか、普段は魚問屋として海をフィールドに働いてきた人たちが、20年以上も耕作放棄地であった土地を耕すところから始め、ブドウ栽培とワイン醸造の知識と技術を学び、ゼロからコツコツと積み上げていきました。
しかしながら、開業準備を進めるなかで、誠二さんは病に倒れ、自身の夢であったワイナリーのオープンを見届けることなく、志半ばにして亡くなってしまいます。一時はプロジェクトの継続自体も危ぶまれたものの、兄の釣吉範さんと立ち上げメンバーの3人は、誠二さんの意志を継ぐことを決意。2011年10月、SAYS FARMをこの地にオープンしました。
魚問屋がつくる、氷見ならではの土地を生かした「海のワイン」。ここでしか味わえないもの、ここでしか得られない体験や価値をもとめて、開業以来、全国からやってくる人があとを絶ちません。その理由は、この場所を訪れて環境の中に身を置くことで、あるいはスタッフのみなさんの人柄や言葉にふれることでしか感じられない魅力があるからです。
氷見らしいワインを求め続けて辿り着いた品種「アルバリーニョ」
SAYS FARMのように自社原料と製造にこだわり、ブドウの栽培から醸造のほか、熟成や瓶詰めまで一貫して行う生産者やワイナリーを「ドメーヌ」といいます。氷見という土地が生む、この土地らしい、ここでしかできないワインづくり。富山湾から丘に向かって吹く海風、やわらかい陽の光、冬の畑に降り積もる雪。これらすべてが氷見ならではの「味」をつくる要素であり、テロワールを体現したものがSAYS FARMのワインでもあるのです。
2007年よりブドウ畑を開墾し、現在は約8ヘクタールの畑に7品種の欧州系ブドウを栽培。当初はシャルドネのほか、メルロー、ソーヴィニヨン・ブランなどを中心にさまざまな品種を試すなか、あるとき氷見の土壌と気候にぴったりな品種に出合います。それが「アルバリーニョ」。もともと海の近くでつくられていることと、魚介との相性の良さもあって“海のワイン”とも呼ばれています。
「スペインのリアス・バイシャスという地域で栽培されている品種です。雨が多い氷見の気候とよく似ていて、爽やかな酸味のなかに感じるミネラル感が特徴です」
説明してくれたのは、栽培と醸造の責任者を務める田向 俊(たむかい・しゅん)さん。氷見出身で、大学卒業後は東京で飲食業界に携わり、15年前にUターン。新たな働き口として魚問屋に入ったものの、待っていたのはブドウの栽培とワイナリーの立ち上げという思いがけない展開でした。
「僕らの仕事は魚がメインだったので、実際にブドウを植えて、おいしいワインができて、それを届けることができるかまったくわからないなかでのスタートでした。しかも当初、社員はたったひとりだけ。ただ、やるってことだけは決まっていたので、土地が決まる前からシャルドネとカベルネの苗を4000本も注文していました(笑)。そういうのは誠二さんらしいんですよね」
魚問屋とあって、単純に魚がいれば仕事はあるが、魚がいなければ仕事はない。ワイナリーをつくることでその状況を良い方向へと変えられないか。釣屋というグループ内で上手く連携できないかという考えが、誠二さんにはあったようです。
「ブドウの収穫時期は、待ったなし。ここだ、というタイミングで穫らないと、おいしいものはできません。魚が少ない時期は漁も短いため、仕事が終わったら山に上がり、ブドウ畑の草刈りや収穫時期の手伝いをしてもらいます。逆に寒ブリで繁忙期を迎える冬場は畑の仕事ができないことから、ワイナリーのチームである僕らが魚問屋の仕事を手伝ったりすることもあります」
アルバリーニョやシャルドネのように、SAYS FARMらしさが宿るワインといえばもうひとつ、ロゼも覚えておきたい。
「氷見の魚は冬場になると脂が乗るので、白ワインだと魚の味が勝っちゃうんです。では赤かというと、そうでもない。白の要素もありながらボリュームが欲しいということで、寒ブリに合うロゼを考えたんです。日本のロゼ市場は極端に小さいですが、世界では一番飲まれている事実があります。和食や日本の食材にも合わせやすいので、今はロゼのためのブドウ栽培も本格的に行っています」
富山・氷見のテロワールを体現するワインと食を愉しむ「オーベルジュ」
発起人である釣 誠二さんは、生前こんな言葉を遺しました。
「自分たちの畑で育てたブドウで、自分たちが暮らす氷見らしいワインをつくってほしい。テロワールというものを大事にしてほしい」
始めたばかりの頃は、富山でワインなんてつくれるわけがない。いいブドウができる保証はどこにもない、などといわれることも多かったといいますが、10年目を迎えたあたりで「日本ワインコンクール」で北陸エリア初の金賞を受賞。このときはまさに、潮目が変わった瞬間でもありました。
「ワイナリーをつくるのは苦労の連続でしたが、ここまで一歩ずつみんなでがんばってきて、富山のこんな場所でもちゃんとしたワインがつくれるんだということを、世の中に証明できたような出来事でしたね」
そう語るのは、SAYS FARMディレクターの飯田健児さん。生まれ育ったのは大阪で、両親の実家が富山市にあり、農業を営んでいました。30代前半でIターンし、そこから縁あって釣屋に入社。
ワイナリー立ち上げのプロジェクトに参画した当初は農園部門しかなかったことから、ディレクター兼プロジェクトマネージャーを担当。富山のデザイン会社と一緒にコンセプトメイキングや全体的なデザインを考えていきながら、SAYS FARMの世界観をつくり上げた人物のひとりでもあります。
「有名な醸造家でもなければ、魚問屋がいきなりワイナリーをつくったところで、果たして人はここまできてくれるだろうか。時間をかけてでも行きたくなる場所には、必ず世界観がある。そこからニュージェネレーションのワイナリーを目指そうと思ったんです」
モデルにしたのは長野にある〈ヴィラデスト〉。エッセイストであり画家の玉村豊男さんが経営するワイナリーで、さまざまなコンテンツを持ったこの拠点。飯田さんいわく、「ワインが生活の一部に溶け込んでいる環境」であり、SAYS FARMの最初の2年間はここで委託醸造も行いました。
ワインは単体で飲むよりも、食と合わせて表現されるもの。氷見という土地の豊かさを感じてもらうには、このロケーションがなくてはならないものであり、ここで得られる食体験はきっと記憶に残るものになるはず。そんな考えから、ワイナリーのみならずレストラン「KITCHEN」やカフェ、ショップやギャラリー、さらには1日1組限定のゲストハウス「STAY」をオープンしています。
今後は生産量も増えることから、新たな貯蔵庫とテイスティングルームも建設中とのこと。さらには地域農業の発展にも貢献していきたい考えがあり、2年前ほど前から地元有志とワインブドウの栽培を開始。SAYS FARMが指導を行い、できたブドウを購入しワインをつくる仕組みです。耕作放棄地などの問題も同時に解決できるよう、地域との連携を図りながら取り組む姿勢だといいます。
大阪から氷見に移り住んで感じるのは、食の産地ならではのスピード感と、リアルタイムでダイレクトに伝わってくる季節感。そしてやはり何物にも代えがたい魅力は、丘の上からの眺望であると話す飯田さん。
「毎日見ていても、何回見ても良いもんだなと思います。毎朝ここに来ると必ず、今日は立山が綺麗に見えるなとか、今日はだいぶ曇っているなっていうように。山肌に雪が残っている時期は、日の入りの時間になるとピンク色のグラデーションの中に稜線が浮かんでいるように見えて、ハッとするぐらい幻想的な美しさがあるんです」
SAYS FARMが10年以上かけて築いてきたものは、ブドウ栽培と醸造の技術と、氷見におけるワインという新たな文化。そして、この場所に拠点を構えなければ存在しなかった風景。そこには故郷への想いと、自然への深い眼差しがあります。これからはサステナブルのさらに先、環境をより良い状態に再生するリジェネラティブなワイナリーとして地域に根付き、多くの人を引きつける拠点になっていくに違いありません。
Information SAYS FARM(セイズファーム)
address:富山県氷見市余川字北山238
tel:0766-72-8288 ※KITCHENの予約は090-7743-8288
受付時間:10:00〜16:00(ランチタイム中は繋がらない場合があります)
営業時間(SHOP&GALLERY):10:00〜17:00
営業時間(KITCHEN):ランチ11:00〜14:30、カフェ15:30〜17:00(16:30L.O.)、ディナー17:00〜20:30(20:00L.O.)
※要予約
定休日:年末年始、2月は休業 ※臨時休業あり
credit text:井上春香 photo:竹田泰子
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