散居村の美しい景観とともに“土徳”を伝えるアートホテル〈楽土庵〉-1
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散居村の美しい景観とともに
“土徳”を伝えるアートホテル〈楽土庵〉

記事公開日:2023.11.08

日本の原風景を残す砺波平野を望むアートホテル

築約120年の古民家を再生した〈楽土庵〉は3組限定のスモールラグジュアリーホテル。空間や食事、アクティビティなどを通じて、県内で古くから大事にされてきた「土徳」の精神を伝えています。

〈楽土庵〉がある富山県西部に位置する砺波平野には、水田エリアのなかに農家の家々が点在する“散居村”と呼ばれる風景が残っています。長い時間をかけて自然と人が共生しながらつくりあげた農村の景観は見る人の心を癒してくれます。現在、日本に5つある散居村のなかでも砺波平野の散居村は、220平方キロメートルという日本最大の広さを誇ります。

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    屋敷林に囲まれた民家が散らばって点在する散居村。

砺波平野に点在する民家は、冬の南西からの季節風を防ぐため南西側に屋敷林が植えられ、玄関が東を向いていることで「アズマダチ」と呼ばれています。アズマダチは立派な切妻屋根、貫(ぬき)と束(つか)と呼ばれる妻梁(つまばり)と白漆喰壁(しろしっくいかべ)が特徴で、富山の風土に適合した住居スタイル。このアズマダチを改修し、3組限定のアートホテルとして生まれ変わったのが〈楽土庵〉です。

「建物自体は200年ほど前につくられたもので、この場所に移築されたのが約120年前。しばらく空き家でしたが、次世代へつなぐため、宿として再生することにしました」

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    美術家・染色家の望月通陽が手がけた大きな暖簾の前で出迎えてくれた林口さん。

そう語るのは宿を運営する一般社団法人 富山県西部観光社〈水と匠〉のプロデューサー、林口砂里さん。

宿に入ると、外からは想像のつかなかった、程よく明るい開放的な空間に少し驚きます。

「富山では仏教、特に浄土真宗への信仰が厚く、聞法(もんぽう)道場を真似て、一般家庭でもお坊さんを呼んで説法を聞く習慣があったため、家が広くなったと言われています。立派な梁や柱は現在ではもう手に入れることが難しく、当時のまま再生しています」

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    ピエール・ジャンヌレのイージーアームチェアが並ぶラウンジ。

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    格子状に組まれた束と梁と白漆喰の壁が描く美しいコントラスト。

コンセプトごとに設えられた3部屋

3つある客室には、富山の伝統工芸や風土が凝縮されています。

「富山に拠点を置き、インテリアショップ運営や建築設計・デザインを行う〈五割一分〉さんと一緒に空間づくりを行いました。できるだけ自然素材を使いたいと思い、3室それぞれ『和紙・絹・土』と内装の素材を変えています」

「紙 shi」という部屋は、天井と壁に手漉きの和紙をふんだんに使用した温かみのある空間になっています。北欧家具の〈ポール・ケアホルム〉のPK22や〈ルイス・ポールセン〉のテーブルランプに、西アジアのバルーチ族のトライバルラグ、李朝の教卓などのアジア家具が違和感なく配置されているのが印象的です。

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    「紙 shi」は約40平米。波多野渉が手がけた手漉きの和紙を壁と天井に使用。

室内には床の間のような空間が用意されており、民藝や工芸、現代アートなどが設えられています。〈楽土庵〉では富山と関わりの深い板画家・棟方志功をはじめ、河井寛次郎や濱田庄司などが手がけた貴重な民藝作品や内藤礼や林裕子といった現代作家のアート作品のほか、富山の工芸作家の作品など、30以上の作家の作品を蒐集し、季節ごとに展示品を組み替えています。そのため、訪れる度に新たな出合いが楽しめます。また、こういった民藝品やアート作品はその多くが購入可能。同じ時間を過ごし、気に入ったら家に迎え入れることができるといいます。

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    6年8か月、富山で暮らした棟方志功。彼の貴重な版画作品も目にすることができます。

「絹 ken」は、富山の絹織物会社〈松井機業〉が手がける“しけ絹”という絹織物を壁と天井一面に使用したゲストルーム。通常、蚕は一頭でひとつの繭をつくりますが、二頭の蚕がひとつの繭をつくることがあり、その玉糸を使って折り上げるのが“しけ絹”です。

「太さが不均一な玉糸は扱いが難しく、ほかでは捨てられてしまうことが多いのですが、〈松井機業〉は、命を粗末にしないという姿勢で、その玉糸を大事に使って“しけ絹”を織り上げます。ところどころに節が現れた天然の風合いが独特の模様となっています」

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    オーレ・ヴァンシャーの「コロニアルチェア」が置かれた「絹 ken」。こちらも約40平米。

一番広い客室は「土 do」。左官職人が手がけた土壁に、作家の林友子さんが敷地内で採取した土で制作したアートパネルが印象的です。広いウッドデッキはプライバシーを保つため木の外壁でぐるりと囲まれていますが、そこに設けられた窓を開けると、田んぼの景色が目に飛び込んできます。周囲の自然環境に溶け込むようにつくられた宿だということがあらためてわかります。

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    「土 do」は47.5平米。ハンス・J・ウェグナーのソファが土壁と違和感なく馴染んでいます。

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    目の前に広がる田んぼの風景を楽しめるウッドデッキ。アウトドア用のテーブルセットはボーエ・モーエンセン。

客室棟の隣には、富山県内で活動する作家や民藝作品、食品を購入できるブティックとイタリアンレストラン〈イルクリマ〉を併設。富山県内の野菜や海でとれた魚介類を使うほか、砺波平野で採れた酒米でつくるリゾットや、地元産の小麦粉を使った手打ちパスタが提供されています。

「散居村を次世代に残すためにはやはり、田んぼが欠かせません。微力でも積極的にこの土地で収穫された米や小麦粉を使うことで、景観を未来へ残していきたいです」

富山の『土徳』を伝えたい

〈楽土庵〉をつくった背景には、この土地に長らく伝わってきた伝統や文化と深いつながりがあるようです。その価値は、国内や海外へ発信すべきものだと林口さんは考えます

「私たちはDMO(Destination Management Organization=観光を通じて地域づくりを行う法人)として、観光を軸に地域を活性化することを目指して活動しています。観光業で経済的に豊かになることが最終目標ではなく、一番大事なことは富山の『土徳』を伝えることです」

土徳とは民藝運動の創始者である柳宗悦がつくった言葉です。

「言語化は難しいのですが、土地が醸し出す空気のようなもの。私たちは、厳しくも雄大な自然とそこに暮らす人々が一緒になってつくり上げた“土地の品格”のようなものではないかと思っています。この自然と人間の共生のあり方は今の時代に欠かせないものだと思い、国内外の人たちにその価値観を伝えていきたいと思いました。この地に足を運んでいただき、食事をしたり、村を歩いたり、寝泊まりすることで、何かを感じ取っていただけるのではないかと思い、宿をつくることにしました」

その価値を伝える手段のひとつとして、富山県産の木の精油を使ったブレンドオイルづくりや地域の寺で伝わる伝統的な太鼓芸能の見学など、さまざまなアクティビティが用意されています。ラウンジに設けられた立礼卓では、宿泊者にはお茶が振る舞われます。

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    Shimoo designの立礼卓の上に並べられた美しい茶道具の数々。

「富山県は石川県に次いで全国で2番目に茶道人口が多い県です。浄土真宗の寺も多く、藪内流(やぶのうちりゅう)の流派が盛んです。スタッフには藪内流の教師もおり、立礼(椅子に座って行うお点前)でお茶を差し上げています。また、リクエストがあれば、ゲストも茶道体験をしていただけます。富山県で育まれてきた文化や人々の暮らし、信仰を未来に引き継いでいきたい。そのためにこの土地がどのような場所であるかさまざまなアクティビティを通じて知ってもらいたいと思っています」

すべての宿泊者を対象として散居村ウォークも実施。このアクティビティでは、集落の人々から愛される光圓寺、大欅を財として建立された桑野神社などの周辺スポットを巡るほか、道のあちこちに鎮座した石仏の姿を拝むことができます。

「砺波市内にはおよそ5500体もの石仏があり、風や雪から仏さまを守るために小さな祠に祀られているものも多いです。歩いているだけで、この土地で仏教信仰がいかに心の拠り所となっているか感じ取っていただけるのではないでしょうか。また〈楽土庵〉の周辺は修験道が盛んだった聖なる山々を見渡せる場所にあり、歩くだけで雄大な景色を楽しむこともできます。田植えを終えたばかりの5、6月は田んぼに水が張られていて、まるで水鏡のような景観。冬は雪が降り積り、辺り一面が真っ白になります。そうした季節の違いも楽しんでいただけたら」

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    江戸時代から明治時代にかけて村々の若集によって建てられた石仏は、今も地元の人たちによって大切に守られています。

富山の自然や伝統を色濃く感じ取れる〈楽土庵〉では、「リジェネラティブ(再生)・ツーリズム」という新たな旅のスタイルを提唱しています。楽土庵に宿泊することで、お客様が癒されるだけでなく、地域の再生・回復にも寄与できるというものです。

「宿泊された方の心や体を再生しつつ、地域の再生にもつなげられたらと。その一環として、宿泊料金の2%を散居村保全活動を行う団体へ寄付しています。昨年のオープンから、約1年が経ちましたがもともと散居村をご存じの方だけでなく、インテリアや建築、民藝が好きで来てくださる方も少なくありません。そうした方々に、散居村の歴史やこの土地で受け継がれてきた精神を伝えていき、この風景を次世代に残す手伝いができたらと思っています」

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    農業用水路は防火や消融雪など生活用水としても活用されています。

こうして宿泊客に環境や文化を感じてもらうだけではなく、直接的に地域への働きかけも行っています。大きな活動にしていかないと間に合わないという思いがありました。

「地元の方向けにセミナーを開いて、散居村の保全を市民運動にしていきたい。私たちだけががんばっても維持できないという危機感があったからです。この場所を訪れてくださった国内外の人たちと一緒になって、地域保全、伝統の継承に取り組めるコミュニティをつくることができたらうれしいですね」

古民家とラグジュアリーな設えの組み合わせが魅力となっている小さなホテル。民藝やインテリア、建築などに興味を持って泊まってみると、〈楽土庵〉が考える散居村という自然環境や地域の暮らしを随所に感じられる空間が広がっていました。

Information 楽土庵

address:富山県砺波市野村島645
tel:0763-77-3315
access:砺波ICから車で6分
定休日:火曜(祝日の場合は営業)

credit text:浦本真梨子 photo:兼下昌典


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