〈能作〉の情熱が「循環」を生む。世界でも類を見ない錫100%のものづくり-1
背景の山のシルエット

〈能作〉の情熱が「循環」を生む。世界でも類を見ない錫100%のものづくり

記事公開日:2024.01.26

逆転の発想から生まれた錫100%の「KAGO」

確かに錫100%でつくられた金属なのに、自由自在に曲がる器。用途やスペースに合わせて形を変えられる、その器の名前は「KAGO」。まさに夢のようなテーブルウェアを生み出しているのは高岡市の鋳物メーカー〈能作〉です。

この画期的な製品によって、能作の名は一躍全国へと広がっていきました。ほかにも能作では真鍮などの金属材料を用いてさまざまなデザイン性の高いアイテムをつくっています。

  • -0

    最初は平面状だが、縦横に引っ張ったり曲げたりすることで好きな形にアレンジできる。KAGO‐スクエア‐M(11000円)

高岡市は地場産業の「高岡銅器」が国指定の伝統的工芸品に指定されているなど、日本を代表する鋳物の産地です。高岡と鋳物の歴史は古く、始まりは今から400年以上前の江戸時代まで遡ります。鍋・釜・鉄瓶などの日用品や、鋤・鍬などの農耕具の鉄鋳物を生産するところから始まりましたが、時代の流れとともにその技術は洗練されていき、多種多様な製品をつくるように。いつしか高岡を代表する産業となったのです。

能作の本社は新高岡駅から車で約15分。鋳物をつくっている会社とは思えないモダンな外観の建物にまず驚かされます。カフェやショップが併設され、工場見学や鋳物製作体験もできる本社工場は、今や高岡の観光名所のひとつにもなっています。

  • -0

    能作本社工場の外観。

  • -0

    ロビーの壁には実際に使われている鋳物の木型がズラリと並んでいて圧倒されます。

  • -0

    〈能作〉代表取締役社長の能作千春さん。2023年3月に先代の父・能作克治さんの後を継ぎ社長に就任しました。

現在でも鋳物生産において国内トップシェアを誇る高岡市に、能作が誕生したのは1916年。創業当時は仏具や茶道具などを製造する会社でした。それから長らく下請けのメーカーとして鋳造業を営んできましたが、現・代表取締役会長の能作克治さんが入社したことで転機を迎えます。

「父はもともと新聞社のフォトグラファーでした。職人としてはゼロからのスタートだったのですが、そこからひたすら鋳造技術を学んで、職人としてのキャリアを積んでいきました。父が入社するまでは一般生活者向けの自社ブランド製品はなかったのですが、それまで会社が磨き上げた技術を生かして、その開発に取り組むようになります」と話す、代表取締役社長の能作千春さん。

能作の歴史のなかで、克治さんが取り組んだ自社製品の開発はとても大きな業績になりました。

「2001年に原宿で行われた展覧会で、父は真鍮製のベルを自分でデザインして製作しました。これまでの仏具や茶道具から一歩抜け出して『より日常のなかで使えるものをお客さんに届けたい』という父の思いから生まれたこの真鍮ベルは、能作の大きな転機となりました」

自社ブランド製品の開発という大きな一歩を踏み出した能作でしたが、売れ行きは思わしくなく、店員さんからのアドバイスを受け、形を変えて風鈴として売ることに。これが大ヒットとなり、能作の製品を取り扱う店は広がっていきました。

  • -0

    能作の真鍮製の風鈴。上・風鈴 オニオン(6270円) 下・風鈴 ホルン(6270円)

  • -0

    能作の駐車場には風鈴のシルエットが。

さらに製品開発の挑戦は続きます。風鈴は売れましたが、使用するのは夏のみ。そこで克治さんは季節を問わず、より日常的に使える食器の開発にとりかかります。

「今では素材も進化していますが、当時真鍮を使った食器は食品衛生法上の観点からいろいろな制約があり、つくることが難しかったんです。そこで安心安全な食器として活用できる金属として、父が目をつけたのが錫でした」

錫は金属の一種ですが、非常に柔らかく、手の力でも曲げられるのが大きな特徴。しかしその特徴ゆえ、通常はほかの金属と混ぜて硬度を持たせることが一般的です。しかし克治さんは、なんと錫100%の製品開発にこだわりました。錫で食器をつくることは当時ありえないことであり、それまで誰も挑戦したことがないことでした。

「『錫合金でつくるのは他産地の真似になってしまうし、何よりおもしろくない』という父の思いから錫100%の製品開発は始まりましたが、これまで真鍮や銅を扱ってきた職人にとってその加工は未知の領域。売れ行きも鳴かず飛ばずでした。それでも試行錯誤を続け、ついに錫100%の“曲がる”特性を生かすという逆転の発想を父は思いつきます。そして2008年にKAGOが誕生しました」

現在は能作を代表する製品のKAGOですが、最初は曲がる器だということを生活者になかなか理解してもらえなかったそうです。しかし2009年に〈日本橋三越〉に初の直営店を出店したことでPRがしやすくなり、次第に能作と曲がる器の名は全国に知れ渡るようになっていきました。

  • -0

    本社工場に併設されたカフェでは、地元富山の食材を使用した食事が、KAGOをはじめ能作の器とともに楽しめる。いろいろベーグルセット(1650円)

錫100%だから可能な「錫リサイクルプロジェクト」

この錫100%のものづくりへの挑戦は、誰もが見たことのない斬新な製品の誕生だけに帰結しません。錫には「柔らかい」ほかに、もうひとつ大きな特徴がありました。それは「融点の低さ」です。

「真鍮の融点は800〜1000度ほどですが、錫は約230度とかなり低く、溶かしやすい素材です。つまり失敗した製品や余った金属片を再度溶かして、材料として再利用することができたんです。そのため真鍮よりもエネルギー量は少なくて済み、さらに錫100%で鋳造しているためリサイクルも容易。能作の錫製品は何度でも再利用が可能で、とてもエコだったんです」

  • -0

これは意図していたものではなかったと千春さんは語ります。しかし、伝統工芸の世界でゼロから技術を磨き、誰もやったことのなかった錫100%の製品に挑戦した先代のものづくりへの情熱が、結果的に企業の社会・環境に対する責任が大きく問われる現代で大きな意味を持つことになっているのは、企業のあり方として理想的なのではないでしょうか。

  • -0

    工場内の錫製品をつくるエリアに吊るされた「錫」の文字。

環境に配慮した持続可能なビジネスというのは現代の企業に求められる基本姿勢です。千春さんは、企業活動をするなかでSDGsへの取り組みを明確にする必要性を感じ、今の時代に求められるものづくり企業としてのあり方をどれだけ能作が達成できているか、社内で整理し明文化することに取り組みました。

その際に、あるスタッフからの言葉がきっかけとなり、能作の錫製品の可能性がまたひとつ広がることになりました。

「本当に何気ない会話からでした。弊社はスタッフとの日常会話からプロジェクトが生まれることが多いのですが、『家で使われずに眠っている錫製品を回収して、それを再利用して何かできないですかね?』という提案がスタッフからポッと出てきたんです。製品の回収プロジェクトはアパレル業界ではすでに行われていることでしたし、店舗のスタッフにもヒアリングしながら実現可能性を探り始めました」

しかし本来であれば能作の錫製品は、長く使っていただくことで味わいと愛着が増すもの。千春さんは回収することに抵抗もあったそうですが、次の製品の購入を考えている方や役目を終えた錫製品の処分に困っている方のためになればと考え『錫リサイクルプロジェクト』が発足しました。

「錫リサイクルプロジェクト」は、能作の錫100%製品を店舗やオンラインショップ経由で回収、それを原材料として「スプラウトプランター」に生まれ変わらせるという能作ならではの持続可能なものづくりプロジェクトです。プロジェクトに参加した人は、回収した錫製品の重量に応じて買い物に利用できるポイントやお買い物券がもらえます。

「正直なところ、プロジェクトを開始するまでは良いのか悪いのか複雑な気持ちもありました。でもこういう機会を探していたとおっしゃってくれるお客様はやはり一定数いました。このような回収事業をしていることを知らない方もまだまだ多くいるなと実感しているので、これからはもっとこのプロジェクトを浸透させていきたいです」

  • -0

    少量の水分と粘土を混ぜた鋳物砂を木型の周りに押し固めて鋳型をつくる、生型鋳造法(なまがたちゅうぞうほう)でスプラウトプランターをつくる。押し固めた砂から木型を抜くことで鋳型ができる。

  • -0

    上型をかぶせ、溶かした錫を鋳型に流し込む。

  • -0

    取り出した鋳物。不要部分はカットし、仕上げ工程に回す。

  • -0

    やすりで表面をきれいに仕上げる。

  • -0

    錫リサイクルプロジェクトで回収した錫製品から誕生したスプラウトプランター(サンプル)。左・猫、右・街並(3850円)

受け継がれていく能作の精神

「錫リサイクルプロジェクト」以外にも、近年の能作はさまざまな新事業を展開してきました。それはどれも千春さんが中心となって生まれたものです。

もともとアパレル通販誌の編集者として地元を離れ働いていた千春さん。2011年に家業に戻り、それからは受注や生産管理、棚卸しなど、拡大期を迎えていた能作の社内体制を整える仕事に奮闘したそうです。そして2017年の本社工場の移転を機に「産業観光部門」の部長に任命されました。今では年間13万人もの観光客が訪れるようになった新社屋の設計や10回目の結婚記念日を祝う「錫婚式」に絡めたブライダル事業、観光ツアーの企画運営といった新事業を千春さんが先頭に立って推し進めていきました。

  • -0

    能作のロビーに設けられた、社員によるおすすめの観光情報が並べられたコーナー。

  • -0

    使用済みペットボトルからつくられた能作のショッピングバッグ。

こうした鋳物業の枠を超えた挑戦に挑む千春さんの姿勢は、かつて自社製品の開発や錫100%のものづくりに挑んだ父・克治さんの姿と重なります。

「なんでもチャレンジしてみるのが能作の精神なんです。父からは『やりたいことがあるのに、やらなかったらそれは失敗。まずやってみろ』といつも言われてきました。『一生のうちにどれだけの人間を幸せにできるかで、お前の一生の価値が決まるんだ』という言葉も心に残っています。もちろん本業である能作のものづくりの伝統は継承していかなければならない部分ですけど、ブライダルでも観光でも飲食でも、我々のものづくりがあるからこそできることでより広く幸せを届けられたら、こんなに企業としてうれしいことはないですよね」

  • -0

千春さんの夫も克治さんと同じく、異業種から能作に入社しゼロから職人としてのキャリアを積み、現在は能作の工場長を務めています。旦那さんのサポートがあるからこそ、社長の役目をこなせていると千春さんは語ります。

「人と、地域と、能作」をスローガンに掲げている能作。人のために、地域のためにさまざまなことに携わっていくのは能作の企業精神としてずっと受け継がれてきた、変わらない部分です。

「障害のある方のアート展を開催したり、人気キャラクターとのコラボアイテムをつくって販売もしています。ほかにも伝統産業に対する子どもたちの理解を深めるため、職場体験や学習旅行も積極的に受け入れています。ものづくりの領域を超えて、地域や人のために行動することはこれからも続けていきたいです。2024年には能作のファンに喜んでいただけるようなファンイベントの開催を考えているんです。こうしてつくり手とお客様とのつながりを強くしていくことで、能作のものづくりで挑戦できることの幅がより広がっていくと考えています」

幅を広げることで、結果的に「錫リサイクルプロジェクト」のような「ものづくりの循環」が生まれます。ほかにもまだまだチャレンジを続けていくつもりだと語る千春さんの目は情熱に満ちていました。

Information 能作

address:富山県高岡市オフィスパーク8-1
tel:0766-63-0001
営業時間:10:00〜18:00(カフェは17:30L.O.)
定休日:年末年始(工場見学は日曜・祝祭日休業。土曜は不定休)

credit text:平木理平 photo:朝岡英輔


この記事をポスト&シェアする


背景の山のシルエット

Next feature article

次に読みたい記事

TOYAMA
Offical Site

富山県の公式サイト