夫婦で「杉沢の沢スギ」を案内する
「入善まちたび観光ガイド」木田薫さん・純子さん-1

 夫婦で「杉沢の沢スギ」を案内する
「入善まちたび観光ガイド」木田薫さん・純子さん

県東部に位置する入善(にゅうぜん)町。
この地は黒部川が形成した広大な扇状地が広がっており、黒部川や地下水など豊富な水資源に恵まれています。

地下水が湧出する海岸近くには、国の天然記念物に指定されている「杉沢(すぎさわ)の沢スギ」がポツンと広がっています。
全国的にも珍しいこの森をガイドしている木田薫(きだかおる)さん・純子(じゅんこ)さんに案内してもらいました。

「町のために何かやってみたい」と思ったのがきっかけ


平成28年に入善町が観光ボランティアガイドを募集した際、以前から、「町のために何かやってみたい」と思っていた純子さんが、ご主人の薫さんを誘って応募したのがきっかけで、「杉沢の沢スギ」の案内するようになった木田さん夫妻。

観光ボランティアの中でも、夫婦そろってガイドを務めるのは、とても珍しいそうです。
「どっちが先に行く?」と目配せしながら、息の合ったコンビネーションで来場者を森の中へといざないます。

田んぼに姿を変えていった沢スギ


木田さん夫妻はともに入善町の出身です。
薫さんは、高校生の頃、海岸沿いの森がどんどん消えていく様子を、複雑な思いで見ていたと言います。
スギを優占種とする森は、この付近に130haも広がっていました。

人々は、その場所を「杉沢」と呼び、そこに育つスギを「沢スギ」と呼んでいたのです。
当時の人は、スギの幹を家の柱に、樹皮は屋根の葺き板に、枝葉は燃料として、あますところなく活用していましたが、昭和37年から始まった圃場(ほじょう)整備事業によって、森は見る見るうちに水田に変わっていきます。

生活のためには仕方がないことでしたが、少しでも後世に残そうと、現在の「杉沢の沢スギ」は守られ、昭和48年に国の天然記念物に指定されました。今日まで、地元住民や、近くの上青(じょうせい)小学校の文化財愛護少年団などの地道な活動によって「沢スギ」は維持されています。

 

「杉沢の沢スギ」の特異性


「杉沢の沢スギ」は、周囲の田んぼよりも低い窪地にあります。
木田さんに促され目をやると、ごろごろと丸い石がたくさん転がっていることに気づきました。
この地はかつて川だったのです。

山から流れてきたスギは、地中深くまで根が張れず、石を抱きながら横に根を広げます。
そして木の根元から成長した枝が、雪の重みなどで着地し、そこからまた根が出て、一株から何本もの幹が伸びるのです。

これを「伏条更新(ふくじょうこうしん)」と言います。こうした現象を平地で見られるのは、国内でも「杉沢の沢スギ」だけだそうです。土壌の養分が少なく、流れる水から酸素を得て、スギが環境に適応していったことを思うと、生命のたくましさを感じずにはいられません。

 

海のそばにある別世界の森


沢スギの森は、光と風を直接通しにくいため、夏は涼しく、冬は暖かいという特長があります。
全国名水百選に選ばれている湧水群の水温も、年間を通して大体11~14℃に保たれているそうです。気温が40℃に迫る記録的な酷暑が続いても、水温は16℃だったと木田さんから聞き、驚きました。

こうした条件から、暖地性のシダ植物や、日本海側の北限に近いとされる、カラタチバナ、ユリ科のオモト、また黒部川が氾濫した際に種子や根茎が運ばれてきたと考えられる山地性の植物が、約400種類も混在する、独特の生態系がつくられています。

植物ばかりでなく、夏には水辺にホタルが飛び交い、稀少なオオタカが卵を産んで巣立っていった話も聞かせてもらいました。標高わずか5ⅿ、これほど海のそばに、別世界の森が存在するのは、まさに自然の神秘です。

 

乙女が頬を染めるような「入善乙女キクザクラ」


この森で主人公のスギの次に有名なのは、「入善乙女キクザクラ」でしょう。
カスミザクラとオクチョウジザクラが交配した突然変異種で、沢スギ林内で新種として発見されました。

菊咲性の100枚もの細い花びらが、まるで乙女が頬を赤らめるように、白からピンク色に変化する花姿に会えるのは、4月中旬から5月上旬頃まで。この最初の一本から、地元・入善高校の農業科が組織培養によって幼木を増やし、今では100本ほどの「入善乙女キクザクラ」が、入善町中央公園などに植えられているそうです。

ここでは他にも、ヤマザクラやソメイヨシノなど、時期によって、さまざまな桜を楽しむことができます。

 

案内スタイルは夫婦それぞれ


沢スギの説明には、特に共通台本があるわけではなく、夫婦といえども、案内スタイルはそれぞれ。
ご主人の薫さんは、自分で勉強しポイントをまとめたファイルを手に、情報漏れや間違いがないよう確認しながら歩を進めます。一方、奥様の純子さんは、バッグの中にやはり虎の巻は忍ばせつつ、案内前に目を通すと、紙は置いてガイドをスタート。
いずれも、お客さまの反応を見ながら、時に割愛したり、興味のあるポイントを膨らませたりして、指定の時間内におさめています。

いかにも真面目な薫さんですが、ちょうどこの辺りが物語の舞台となった、柏原兵三・原作の映画「長い道」の主題歌「少年時代」を最後に歌って、拍手喝采を受けたこともあるそうです。

 

二人で海を散歩したり、山を眺めたりする幸せ


林内の水辺で、「この小川に棲むトゲウオ科のトミヨは、オスが水草で巣をつくって、子育てもするんですよ」と、教えてくれた木田さん。「ご主人はどうでしたか?」と、純子さんに聞いてみたところ、「全然!」と明るく答えが返ってきました。「トミヨを見習わないといけませんでしたね」と、笑う薫さん。そんなやりとりからも、仲の良さは伝わってきます。

時間がある時は、よく二人で海を散歩するのだとか。
最近は洋上風力発電の風車も入善町の新たな景観となり、春にはフラワーロードに咲くチューリップとの取り合わせが話題を呼びました。そして振り返れば、山々があります。田んぼに水が入る頃、舟見山の頂上から、鏡のように夕陽を映す扇状地を眺めるのもおすすめだそうです。

生活の中にある美を、そこに生活する人が語ることの価値を感じさせてくれたお二人でした。

 

Column

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杉沢の沢スギや入善海洋深層水パークなど見所満載のエリアです。

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