「富山の寿司はなぜうまい?」を“美食地質学”からひも解く!
富山県では2025年度、観光に携わる人を対象に、“美食地質学”創始者でジオリブ研究所所長ならびに神戸大学名誉教授の巽好幸(たつみよしゆき)氏を講師に招き、「美食地質学から学ぶ『富山の寿司』はなぜうまい?」と題した講座を全3回開催する。記事では、実際に講座に参加して何を感じ学んだかを書き、富山の地形が育む寿司の美味しさを伝えていきたい。今回は第一回目の様子をお届けする。
富山県民として、寿司が美味い理由を明確に知りたい
「寿司といえば、富山」。
富山県独自のブランディング化を図るキャッチフレーズとして2023年に打ち出されてからは、県内で様々な広報活動を目にする場面も増えた。今回の講座は、富山県の寿司が美味しい理由を、富山の地質的見地などから学ぶ内容である。
筆者は本業の旅行添乗員として、全国各地の寿司を食べる機会がある。食べ終えていつも思うのは「やっぱり富山の寿司が一番美味い」の一言だ。生まれ育った地で舌も慣れており、えこひいきにする面もあるのだろうが、深く考えずに「富山の豊かな自然で育った水と米、そして『天然の生簀(いけす)』とされる富山湾の構造がもたらすのだろう」と、どこかで聞いたような決まり文句の印象をおぼろげに捉えているだけだ。
初めて耳にする“美食地質学”という難しそうな学問に、理系の勉強にはからきし弱い筆者は理解できるのか少々の不安を覚えた。しかし、講座を通して富山の寿司の特徴を明確に知れれば、県民として取引先や県外客にしっかりと説明でき、本業にも活かしていけるだろう考え、巽氏の話にじっくりと聞き入った。
“美食地質学”とは、その地域独特の風土と食との関係を探る学び
巽氏はまず、よくある地域PRの文言に「豊かな自然」や、「きれいな水」といったものがあるが、それはどの地域でも言い表せる言葉で、ぼやっとして特性に欠け、おらが村自慢としか見られず一過性で終わると指摘。その地域に、特徴的な食材や料理を育む自然や風土がいかにして生まれ、それを元に地域住民がどのように特有の食文化を作り上げて来たのか、要するに風土と食との関係を探ることが“美食地質学”の狙いだと説いた。
増加の一途をたどる外国からのインバウンド客は、日本の食文化を知りたい人が多く、今求められるのはそういった観光客の知的好奇心を揺さぶる広報活動だという。“美食地質学”のような地域独特の土地柄と食とを結ぶストーリーを基にしたブランディングを推し進めていけば、観光客の需要をきっと満たせるだろうと論じた。
では、富山の風土とはどのようなものなのだろうか。
4000mの高低差が生む天然の生簀富山湾、二層の肥沃な水が魚の生育環境を作る
富山県は、標高3000m級の立山連峰と、海抜1000mの富山湾との高低差4000mの地形である。
立山連峰からは河川水と伏流水が年間約150億トン富山湾に流れ出し、日本海の対馬暖流水と合わさって表層約300mまでの「富山湾浅層水(せんそうすい)」を作り出す。立山連峰からの水は、森の栄養分をふんだんに蓄えて富山湾に流れ出しており、これが浅部に生息するブリやマグロの過ごしやすい環境を生み出している。
浅層水より深い300~1000mは「日本海固有水」と呼ばれ、低温でこちらも肥沃(ひよく)な深層水であり、ベニズワイガニやホタルイカ、ノロゲンゲなどが住まう。この栄養満点な二層の水によって、富山県名物の半数以上の魚介類が育てられているのだ。立山連峰は活火山で、マグマの活動によって年間約1cm隆起しており、これが富山湾の深さを作りだし、富山県の風土に影響を及ぼしている。
日本海の構造が生み出した“自然の定置網”富山湾
次に、巽氏は富山湾を含む日本海の成り立ちについて話した。
約3000万年前、日本海の多くはアジア大陸につながっていた。火山活動によってアジア大陸から分裂して日本列島が生まれ、日本列島が移動するに伴って日本海が形成されてきた。要するに、日本海は元々大陸となっていた部分で、分裂によって深海の低地と浅瀬の高地が入り組んだ地形となっており、これが豊かな環境を生み出すキーポイントだとした。
日本海の中の富山湾は、能登半島と佐渡島が高地となって富山湾の低地部分が囲まれた地形となっており、魚が富山湾に誘い込まれるいわば“自然が仕掛けた定置網”なのだという。また、湾内は波が穏やかで、前述の通り栄養豊富な水に恵まれ、魚のエサになる小魚もたくさん生息している。魚にとってはある種の楽園で、ストレスフリーで過ごせるために富山湾へどんどんと泳いでくるのだそうだ。
豊饒(ほうじょう)な海で獲った魚は、言わずもがな美味しい。例えば、ホタルイカは兵庫県でも水揚げされ、富山より漁獲量も多いが、富山湾で獲れるものは大型のメスのホタルイカばかりだという。富山湾までの長距離を泳いできたメスのホタルイカは成熟しており、兵庫県のものよりもサイズも大きく旨味があると巽氏は話した。
食感とうまみの絶妙なバランスが味わえる富山の魚
講座は富山湾で採れた魚の美味しさの秘訣に移った。巽氏は、富山湾の魚はなぜ“キトキト(新鮮)”なのかを科学的観点から解説する。ブリの寿司の話を引き合いに出し、「その日獲れたてのブリのコリコリとした固い脂身と新鮮な証の酸味。東京の銀座で食べるのは不可能で、これを味わえるのは富山だけです」と力を込め、独自のグラフを用いて説明がなされた。
獲れたてはコリコリな食感の「コリコリ曲線」が上昇し、時間が経つにつれて食感が失われ、それに代わるようにして「うまみ曲線」が上がり、うま味成分が引き出されていく。その日朝に水揚げされたものを同日に味わえる富山は2つの曲線がちょうどよく交わっており、鮮度を保ったまま適度な食感とうま味を口にできる。これが富山の唯一無二の特徴であり、「寿司といえば、富山」を推し進めていける理由だと巽氏は論じた。
今回は美食地質学の定義から始まり、富山県および富山湾の地形の特性と、富山湾で採れた魚の美味さについて理解を深めた。おぼろげだった知識が幾分か明確になっていくのを実感しつつある。次回の講座も楽しみだ。
*この記事は富山県ブランディング推進課とのタイアップ記事です。
Column
講師の巽好幸氏の書籍「富山のすしは なぜ美味しい」
講師の巽好幸(たつみよしゆき)氏の書籍「富山の寿司は、なぜ美味しい」は、カラー写真をふんだんに使ったビジュアルブックで、視覚的にも分かりやすく富山の寿司のうまさの秘訣について記されている。こちらも併せて読めば、より深い理解につながるだろう。